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第16話 変化

秋山と別れ、喫茶店を後にした長谷川とリクは、無言のまま地下鉄への階段を下りた。

「心配してくれるのは嬉しいけど、さっきのはちょっと、言いすぎじゃ無かったかな」

ちょうど滑り込んで来た地下鉄に乗り込み、長谷川の横に座りながら、リクの方から先にその沈黙を破った。

昼下がりの地下鉄は空いていて、少しばかりそんな話をしても誰にも聞かれることは無さそうだった。


「気に入らないね」

長谷川はわざとムスリとして言った。

「秋山さんが?」

「あんたが、だ!」

「僕?」

「あんただ。会おうって言われりゃ、いつだってどこだってホイホイ応じてさ。あんただって内心怖いんだろ? あの男が」

リクはそのストレートな質問に戸惑ったのか、少し考え込むように黙った。

「私や玉城が誘い出したって、いつも面倒くさそうに渋る癖に。あいつにはしっぽ振ってホイホイだ」

この際だからと、少し大人げない言葉を吐いたあと、長谷川はリクのほうをチラリと見た。


羨ましくなるほどキメの細かい若い肌と、相変わらず息を呑むほど美しいその横顔は、間近で見ている長谷川を息苦しくさせた。

更に、誰も居ない正面の座席をボンヤリ見つめているリクを見ていると、自分が意地悪を言って苦しめているように思え、どうにも気分が悪かった。

「・・・もういいよ。もう言わない。客サービスだもんね。あんたのビジネスだ。ごめん」

「きっと、寂しいんだ」

唐突にリクが呟いた。

「ん?」

「あの人の孤独が伝わってくる。誰にも理解されない部分で、助けを求めてる声が聞こえた」

リクは前の座席を見つめたまま、長谷川にやっと聞こえるほどの声で言った。


「僕に何が出来る訳じゃないけど、話を聞いてあげようと思ったんだ。あの人は僕に何かを伝えようとしている」

「甘えてるだけだよ。いい年して」

そう長谷川が言うと、リクは柔らかく笑った。

「覚えてる? 玉ちゃんがさ、僕のことを冷たい人間だって言ったんだ。前に」

「それはずっと前の話でしょ。・・・まさか、そんなこと気にしてんの?」

「僕は自分から他人に関わろうと思ったことも、受け入れようと思ったことも無かった。玉ちゃんの言うとおり、冷たい人間なんだ」

「いいじゃん、それでも」

「でも今、あの人は僕を頼ってる。僕に何か出来るならしてあげたいんだ。変わらなきゃ、って思う」


今まで交わしたことのないリクとのそんな会話に、長谷川は心臓のあたりがズンと衝撃を受けたように感じた。

奇妙に、落ち着かない。胸を掴まれたというのは、こういう感覚なのだろうか。

降りるべき駅が近づいている。

出来るならもう少しこうやって、心の内を見せ始めた青年の横に寄り添って座って居たかった。


「無理に変わらなくていいよ。リクはリクのままでいい。あんたは良いところいっぱい持ってるし、私はそのまんまのあんたを気に入っている」

長谷川がそういうと、リクは驚いたように長谷川の方を向いた。

きれいなラインを描く目の中の、琥珀色の濡れたような瞳に見つめられた一瞬、ゾワリと長谷川の肌が粟立った。

自分は妙な事を言ってしまったのだろうかと、ふと思い、降りる駅のアナウンスが流れてきた所で長谷川は少し慌てながら立ち上がった。

「社に戻ったら秋山の事を調べてみるよ。あんたが気に掛かってることが見えてくるかも知れない。言っておくが、あんたのためでも秋山のためでもないよ。ちょっと興味が沸いたからだ」

「うん。ありがとうね、長谷川さん」


電車が止まると、ドアに向かう前に長谷川は振り返ってリクに訊いた。

「ねえ。本当にその手首は、捻挫だよね」


リクはほんの一瞬間を開けたあと、今日見たどれよりも優しい表情で、「うん。そうだよ」 と笑った。



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