第1話 残酷な蜜
『ねえ君、このアザ、どうしたんだい?』
夏の夕暮れ。
人気のない寂しい公園で男は、ブランコに座ったままボンヤリ宙を見つめている幼い少年に近づき、
その横にしゃがみ込んだ。
ヨレヨレになって伸びた少年のTシャツの襟ぐりから、赤黒いアザが覗いている。
『何もしないから、ちょっと見せて』
男は少年を怖がらせないように優しく声をかけると、そのシャツをめくった。
外からは分からない場所に、いくつも痛々しいアザが出来ている。
ズボンの裾をめくると、やはり無数に小さな傷があった。
絆創膏を貼るでもなく、血を滲ませて固まっている。
『これ、おうちでやられたの?』
そう男が訊くと、少年は咄嗟に首を横に振った。
『君のお父さんがやったんだろ? お母さんは庇ってもくれなかったんだね』
もう一度男が辛抱強く訊くと、少年は瞳を揺らし一瞬困惑した表情をしたが、今度は何かに怯えるように唇をキュッと結び、さっきよりも更に激しく首を振った。
『かわいそうに。羽白が言ったとおりだ。何て酷い・・・』
男は全てを了解したようにそう呟くと、少年が握ったブランコの鎖と一緒に、その小さな体をギュッと抱きしめた。
じっとしている少年の頭をなで、今度は少年の柔らかな頬に自分の頬を寄せた。
まだ小学校低学年と思われる華奢な体をしばらく抱きしめた後、男はゆっくり体を離して少年の黒々とした瞳を見つめた。
『君を助けてあげるよ。でも、まずは君を酷い目に会わせてる大人に罰を与えよう。これからちょっとしたゲームをするから。君は怖がらずに、俺の側にいればいいからね』
男は少年の頬をなで、頭をなで、優しく微笑んだ。
少年はボンヤリした目で男を見つめた。
頬に触れた手がとても優しく、サラリとして心地よかった。
心の奥底で固まっていた氷が溶け出して、体に染みこんでゆくような、甘い感覚があった。
もう長いこと、誰にもそんなに優しく触れられた事はなかった。
優しく話しかけられることもなかった。
何かのご褒美なのだろうか。
少年は目を閉じ、無意識にその男の手に、自らの頬を寄せた。
『大丈夫。心配しなくていい。きっと全部、うまく行くから』
その声と共に、少年は再びその腕にふわりと抱きしめられた。