第六話 キッス①
――少し刻を遡る。夕刻――下街の病院の待合室。
黒ずくめの男は青年を病院に連れていき、治療を終えた頃。
「何故、消さなかった?」
青年は、黒ずくめの男に問う。ハルが来たことで消すのを止めた黒ずくめの男。今ならば消そうと思えば何時でも出来るはずなのに、逆に助けてもらった青年。
つい先程まで消されようとしていたとは考えにくい――態度に、どうしても聞きたくなったのであろう。
「勘違いするんじゃないぞ?先程とは状況が違うのだ。もうお前など消す価値もない」
「状況が違う?」
「分からぬか?ハル=ジオンの存在がどれほどの影響をもたらすのか」
「疑いは晴れていた風だったじゃないか」
「ハッ、これだから能無しは。十中八九、ヤツは疑っているだろう。『観察屋』消失事件の犯人として、だ」
「やはり」
「とにかく、もう用は無い。だが、これだけは忘れるなよ? 何時でも消せるという事を」
いつの間にか、午後の診察の時間は終えたのか、待合室には二人だけとなっていた。
黒ずくめの男は去り、青年も続いて病院を後にした。
――其の夜。
青年は病院の後、タクシーを拾い、自宅に帰り、何となくテレビをつけていた。特に見ているような様子ではなく、別の事に意識がいっているようだ。
黒ずくめの男の事だろうか、それとも……。
青年はソファーから立ち上がり、台所へ飲料水を取りに行く。青年の家は、1LDKのようだ。
青年は飲料水を持った所で、時計のアラームが鳴った。青年は時計を見て、19時になった事を知る。
「そろそろかな」
青年がそう呟くと、インターホンが鳴った。
青年は、玄関に行き、ドア越しに誰が来たのか確認しようとする。
「キッス―! 早く開けてよ―」
確認するまでもなかった。彼女の名は、アスカ。青年キッスの女友達である。
知り合ってまだ半年程度。アスカは『観察屋』に強く関心がある。女でありながらキッスの相棒として、『観察屋』の仕事を手伝っていた。そんなアスカが夜キッスの元にやってきたのは、昼間の件で怪我を負ったと聞き、慌てて飛んできたという。
もちろん、話したのはキッスだ。
「別にこなくたっていいって言ったのに」
「素直じゃないわねぇ、ほら、座って座って」
アスカに背中を押されてソファーまで連れていかれるキッスは、そのまま座った。
「ねぇキッス、昼間何があったの?」
アスカが尋ねると、キッスは昼間の出来事を全て話した。
ヤンキーの事、黒ずくめの男の事、そして、ハル=ジオンに会った事。
「その黒ずくめの男っての許せないね! あたしがぶっ飛ばしてくる!」
「わ―待って待って! ホント危険だから……、ね?」
「何言ってるの? キッスがガツンと行かないからじゃない!」
「いや、アスカはガツンと行き過ぎそうだから」
「何ですって!」
「あっ」
キッスは、いつものアレが来ると悟り、両腕で身を固める。アスカのグーパンチを防ぐためだ。
「バカね」
アスカはキッスの頭をポンっと叩く。キッスは腕を元に戻し、アスカを見る。
「また怪我されても困るしね」
アスカはクスッと笑い、キッスも一緒になって笑った。
そして、一日が終わり、今日もまた次の朝を迎える。
朝が来て、夜が来て、一日が終わり、朝を迎える。
いつまで続くのだろうか。きっと死を迎える その日まで――。
――翌朝。
キッスが目覚めるとテーブルの上に『キッスへ』と書かれた手紙が置いてあることに気づく。
手紙には一言、ごめんね、ありがとうとだけ書かれていた――。