第五話 力と眼
『観察屋』である事を明かした黒ずくめの男、ハルが来る前とは態度が一変した事は、青年には明らかであろう。
何故だろうか。ハル、黒ずくめの男、お互い初対面なのは間違いない。が、黒ずくめの男はハルの事を知っていたのだ。
黒ずくめの男だけではなく、青年も。
下街において、『観察屋』ハル=ジオンの事を知らない者は決して少なくなかったのだ。
ハルの功績についても、広く知れ渡っていたのだ。
そして、『あの存在』も。
「『観察屋』だと?」
ハルは、眼帯を外し『右眼』で観る。ハルの『右眼』は、『観察計』を使わずとも、相手のライフを観る事が出来る。
ライフとは、持ち点であり、一定値になると管理システム『マザー・フェデル』によって追放処分となってしまう。言わば、死と何ら変わりない。
ライフを減らす行為、『制裁』。出来るのは『観察屋』と呼ばれる者である。但し、『制裁』が出来るのはライフがわかる場合のみだ。
「ノーテンか」
「さすがは、ハル=ジオンさん。その『眼』、物凄く欲しますわ」
「『観察屋』である事は嘘ではないらしいな」
「当然です。そう言ったではありませんか。よもやハル=ジオンさんの前で嘘などつけれません。
言ったでしょう? 私はただ、青年を襲っていたヤンキーを制裁しただけと」
「そうか」
黒ずくめの男は、少なからず『観察屋』であるという事実。紛れもない真実。
『観察屋』が『観察屋』を襲うわけもないという期待と信頼。
これ以上問いだしても何も変わらないと悟ったのか、ハルは首を縦に振り、分かった、頷いた。
黒ずくめの男は、疑いが晴れたからなのか、青年に肩を貸してあげ、最寄りの病院へと連れにその場から離れて行った。
後ろ姿が点のように小さくなった頃、ハルは、そっと『右眼』を瞑り、そして開いた。
「やはり」
何か分かったような素振りで、ハルは、軽井山に向かって行く。
――時間は過ぎ、夕刻。
ハルが小屋に戻ると、弧狸タヌーが帰りを待ちわびていた。
早く来て、と言わんばかりの慌てようで、小さな手で手招きをし、ハルを地下室へ呼んだ。
ハルが地下室へ行くと、タヌーは、ニヤリと微笑んだ。
「やはり、ビンゴ?」
「うん、間違いない。犯人は、黒ずくめの男だよ」
タヌーは、黒ずくめの男の存在をすでに知っていた。
何故か。
答えは、ハルの『右眼』にある。
ハルの『右眼』は特殊な力を宿している、力――『異能』。
『異能』は、特殊能力として扱われる力の一種で、神と呼ばれる存在が、『観察屋』に授けたものである。決して全ての『観察屋』に『異能』があるわけではない、ごく一部だ。
『異能』を持つ一部の『観察屋』は、例外なく、体の一部分が進化しているのだ。
ハルで例えるならば、『右眼』、がそれに当たる。
『異能を持つ眼』、世間では、『Fedel Eye』《フェデル・アイ》と呼ばれている――。
ハルの持つ『異能』の一つとして、ハルが見たものを任意でタヌーに見せることが出来る力がある。
ハルが見せようと思わなければ、タヌーには見えない。見せたい時に見せることが出来る。
ハルと黒ずくめの男の会話を見たときから、タヌーは、黒ずくめの男について調べ上げていたのだ。
時間にしてみると、小一時間程度なのだが、タヌーならばそれだけの時間があれば十分だった。
もちろん、ハルが黒ずくめの男の所に着くまでの間、事件の発生した現場に、何か手がかり探すべく立ち寄った事が裏付けにもなっていた。
何か事件が起きた場所には、何か異臭が残っているという。
ハルは匂いを感じ取る事が出来る。
これは、『異能』ではない。ハルが少し変わっている人種だからだろうか。
何かどこかで事件が起きている時も、『やな匂い』として感じ取る事もハルには可能だ。
黒ずくめの男と遭遇した郊外。下街のC区からは、若干、離れていた。
それでもハルがそこに辿り着くことが出来たのは、匂いを感じ取ることが出来たからであろう。
タヌーから告げられ、ハルも確信した。『観察屋』消失事件の犯人は、黒ずくめの男と。
事件の発生した現場には全て同じ匂いが。匂いは、黒ずくめの男からも感じ取れたこと。
2つの大きな事柄が、黒ずくめの男を犯人である事に、二人は辿り着く事が出来た。
「よし、そうと決まったら『制裁』しに行ってくるか」
「待って、ハル。出かけるなら明日にした方がいいよ。今日は『異能』を使いすぎてる」
「そうだな、今日ゆっくり休んで、明日行ってくる」
――翌日、ハルは朝早くから小屋を飛び出した。