第四話 観察
――下街の郊外。
人気のない、誰も知らない所で事は起きていた。
青年が一人倒れている。青年の顔は膨れ上がったうえに、あざだらけの体。青年を殴打による痛撃を与えたのは、青年を見下ろす黒ずくめの男。いや、違う。黒ずくめの男と並んでいるヤンキーだ。
どうやら顔見知りではない様子、ヤンキーは男を睨んでいた。
「おい! さっきから何じっと見てんだ? あぁ?」
黒ずくめの男は、青年とヤンキーが争っていた所に来た様子。
何も言わずただずっと観ていたため、我慢できなかったろう。
「まぁ見られたからには生かしちゃおけねぇよなぁ」
ヤンキーが黒ずくめの男の胸元を掴むと、ボソッと呟いた。
「消えろ」
黒ずくめの男が呟くと、ヤンキーは瞬く間に消えた。完全に。黒ずくめの男は、乱れた服を元に戻し、青年の方を向いた。腫れ上がり、光が小さい瞳の奥に、かすかに見た出来事。
青年は話すのすらきつそうな表情で、上半身を起こしながら、言う。
「『観察屋』――俺と同じ?」
黒ずくめの男は、青年のお腹を右足で激しく踏む。一度ではなく何度も。青年の悲鳴は響き渡るが、誰も聞く人はいない。黒ずくめの男は、左手の裾をめくり、腕時計を青年に見せた――「観察計」。
「何で」
青年は、黒ずくめの男に問う。が、黒ずくめの男は何も言わない。青年の言葉に右足は止めたが、青年はもがき苦しむ。
青年の姿を見て鼻で笑った黒ずくめの男は、口を開いた。
「お前もそろそろ消えろ!」
「『観察屋』は消せない。知らなかったのか?」
制裁によるライフの減点で、管理システム『マザー・フェデル』が追放処分とし、消したように見せたが、青年の言う通り、『観察屋』には、通用しない手段だった。
しかし、それは黒ずくめの男も分かっている様子。
「見せてやろう」
黒ずくめの男は、腰を落としてどっしりと構える。右拳を強く握り、力を溜め、大地は揺れ地響きが走る。
「『力』で消しに」
黒ずくめの男は、力を溜めた右拳を青年に向けようとした――その時、上空から一人の少年が降りてきた。
上空から舞い降りる少年、ハルだ。
「そこまでだ!」
ハルは、黒ずくめの男の背後に着地すると、即座に現状を把握する。倒れている青年、青年に向けて拳を前に出している黒ずくめの男。『敵』は黒ずくめの男だと――。
ハルが発した言葉に対して、青年はハルを見る。が、黒ずくめの男は反応しなかった。
「おい、聞いてんのかよ!」
先程よりも少し大きめの声量でハルが言う。
が、それでも黒ずくめの男は振り返らない。
ハルは、黒ずくめの男を指差し、話す。
「お前がここ最近の一連の犯人って分かってんの!」
ハルが言うと、黒ずくめの男は振り返りハルを見た。
「貴方、何を言っているのでしょうか?
私は、ただ彼が襲われていた所を助けただけですよ」
「はっ? んなバレバレな嘘ついてんじゃねぇよ!」
「いきなりやって来て、何ですか? 私を『観察屋』消失事件の犯人扱いするなんて」
「それならば彼に真実を聞いてみたらどうでしょう?」
ハルは、若干上半身を起こした青年の側に行き、尋ねる。
「酷い怪我だな、一体誰にやられたんだ?」
青年はちらっと黒ずくめの男を見た後、答える。
「ヤンキーが突然襲ってきて、危ない所を彼に助けてもらいました」
「そのヤンキーはどこに?」
「ヤンキーなら私が消しました」
黒ずくめの男がヤンキーを自ら消したことを告げる。
消す、――即ち、黒ずくめの男は『観察屋』であることをハルに名乗った。