第一話 観察屋
「今日も良い天気だなぁ―」
軽井山の頂上で背伸びをしている少年が発した。
丈はわすか150cm程度で小柄、到底縛れない程の短髪、頭には「V」と書かれた帽子。
腰には複数のアクセサリー、右眼には黒い眼帯。
わりと動きやすそうな服装の少年は、軽井山の頂上に一人いた。
「空も青いな―、空気も悪くないし、今日は『巡察』の必要もないかな」
「……ってそんな事は言ってられないか」
少年は、すっと立ち上がり、空高く飛んで行った。いや、飛んだというよりも……、ただのジャンプ。
普通の人間では信じがたいほどの跳躍力。空を飛んだと錯覚するほどに。
そう、ボクの視界から、少年はすぐに姿を消した。と、少年のいた付近には落書きだらけの小屋、窓から顔を出している小さな弧狸が、呟いていた。
――ここは下街。
軽井山から見下ろした位置にある小さな街。
この街は、一見広く見え人口も多く、活気のある街ではない。確かに建物が道並みに建ち、高層ビルも多い。
しかし、今は一年程の前ならば確かに人口も多く、活気のあった街。しかし、疑わしい厳選なる抽選というものに当選してしまった当街は、激変した。
ある管理下に置かれたこの街は、まるで別物。決して草木は枯れ、砂漠のような姿になったわけではない。見た目は今も昔もそう変わりはない。違うのは……
「ん、何かやな匂いがするぞ」
下街をピョンピョンと跳び跳ねながら移動していた少年は、何かを感じた。
「あ!」
少年は叫んだ。少年が視たのは、刃物を持ったヤクザ風の男と細身の男だ。
刃物を持った男は、何かを話している様子。
「お前、何度言ったら分かるんだ?」
彼は、刃物を突きつけながら話す。細身の男は、刃物を前に言葉が出ない。
ただ、涙を流しながら……。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
言わんばかり頭を下げ続けている。いきなり刃物を叩きつけられたのであれば、当然驚くであろう。 しかし、ただそれだけの事で、ここまでビビッてしまうものなのだろうか……?
彼は、何も話さない態度にうんざりした様子。そして、ズボンの左ポケットから何かを取り出した。
彼が取り出したのは腕時計。彼は、腕時計についている小型のボタンを押すと、小さい液晶画面が浮かび上がってくる。液晶画面には、『50』と数字が表示されている。
「へ―、50点か」
彼がそう言うと同時に、どこからか声が轟く。
「はい、ストップ!」
――上空、彼の頭上から一人の少年が降りてきた。右眼に黒い眼帯を付けた少年だ。
「なんだ、ガキか。ガキはとっとと家にかえんな!」
彼は、突然頭上から降ってきた事には驚いた様子だが、少年の姿を見て大きな溜め息をついていた。
そして、少年を罵倒する。少年が頭上から降ってきた不可思議な事実については、すでに頭にはない様子。見た目がガキな時点で、彼は調子に乗っている様子。当然といえば当然なのか。
しかし、「見た目で判断するのはよくない。」という言葉は、今の彼に一番合うだろう。
「もう大丈夫だから、早く逃げて」
彼の言葉を全く聞いていなかったのように、少年は細身の男に逃げるよう話しかけていた。
細身の男は、慌ててその場から立ち去る。それを見た彼は、怒号する。
「おい! 誰が帰っていいと言ったんだ?あぁ―?」
「もういいよおっさん、あんたの相手はここにいるから」
が、すぐ様少年が切り返す。
「あんたさぁ、カツアゲか知らんけどよく出来るよな。
『観察計』を拾って調子に乗っちゃった系?
まぁ、それ拾ったら調子の乗りたくなる理由を分かるけどよ。
どうせなら、『巡察』していない時にやれよな」
少年は、黒い眼帯を外し、奥にある澄んだ『緑の眼』で彼を『観る』。
「『制裁』の時間だ!」
彼は、右手に持っていた刃物をギュッと握りしめ、少年に襲いかかる。
殺意。少年だろうと容赦はしない。殺らなければヤバイ。
少年に観られた彼の表情から、そう分かる様子。
彼に対して少年は、銀色のアクセサリーを一つ取り出した。腰に身に付けていたものだ。
手に取ったアクセサリーは、小型。何の変哲もない棒状のような物。
「やっぱり、あんた前科ありか。しかも、35点。他の『観察屋』にも裁かれている。
そして、今から『制裁』……、あんた終わりだな」
少年は、彼を観ながら話を続けた。
「前科ありのあんたならもう分かっているよな?」
「『観察屋』!」
彼が『観察屋』と口にすると、少年はニヤリとする。
少年は、手にしたアクセサリーをしまおうとした、その時。
「『観察屋』なんかにビビるわけねーだろぉ! んの前に殺ってやるっ!」
少年の言動に対して、彼は立ち止まっていた。
しかし、吹っ切れた様子で、再び少年に襲いかかる。
「第十八条!」
少年は声を張り上げた。さらに、続く。
「『制裁に対して、観察屋への一切の抵抗を禁ず』」
「あんたのルールに反する行為、第三級犯罪だぜ?」
「うるせぇ―!」
そして、止まらぬ彼の刃物が突き刺さる……。
「なっ、ハァ?」
刃物は少年ではなく、棒状のアクセサリー。
立てると僅か5cm程の小型。刃物の切っ先は、中心を捉える。余程の自身がない限り、少年の様な防ぎ方は決してしないだろう。止めた刃物を振り払う少年。反動により、彼は地面に倒れる。少年は、アクセサリーを右手で、サッサッと軽く払った後、腰に戻した。両の瞳の色が異なる少年の右眼は、再び眼帯の中に姿を隠す。
「制裁完了!」
そして、『制裁』が完了したことを彼に告げ、立ち去ろうとした。
しかし、少年は振り返り口を開いた。
「あんたにはもう関係ないけど、一応、報告するか」
◇ ◆ ◇
対象者:
・刃物の男(第三民)
裁状:
・民間人の脅し
・第三級犯罪
制裁:
・ライフ-10点
残りライフ、25点
◇ ◆ ◇
――綺麗な星が一面に広がる。雲一つなく、赤月が高揚よく輝く、時は、夜。
星空の下にある小屋の中、少年と弧狸がいた。
弧狸は二足歩行をしており、少し変わっている。少年の方は、弧狸が作るご飯をたらい上げていた。
テーブルには、十を超えるお皿が積まれていて、ざっと十人前はある。
「ハル、もっと落ち着いて食べたら?」
弧狸が話す。二足歩行するだけでなく、言葉も。
『ハル=ジオン』、少年の名だ。
ハルは、仕事をした後は腹が減るのと言いたそうだが、ご飯を食べながらでは、言葉にはならず、弧狸タヌ―には理解出来なかった。
ご飯の片付けが終わり一段落した頃、タヌ―はハルに話しかける。
「今日はどうだったの?」
満腹で寝転んでいたハルは起き上がり、答える。
「今日の『巡察』は、第三民が一人いたくらいだなぁ。
点数も少なくて、今日でいなくなっちゃったけどね」
「第三民……、一般かぁ。一年前は『50点』あるはずなのにね。下街の事分かってなさすぎだよね」「いや、分かっててやっているんだと思うよ。『観察計』を持ってニヤついてたからね。んでもそんなに興味あるものなのかなぁ、管理下の街を観察し、悪事を働く者には制裁を。『観察屋』ってかなり大変だけどなぁ、んでもそれが楽しいから続けているんだけどね!」
少年ハル=ジオンと弧狸タヌ―、二人は……、いや、一人と一匹は、『観察屋』。
『観察屋』は、とある大事件を発端とて誕生した。
大事件の後、世界『レイス・フェデル』を区切り、1つ1つのエリアを『観察屋』に『観察』させることを始めた者がいた。即ち管理下に置くことで、全てを『観察』するように。
その者は、世界中の全てを『観る』事が出来る存在、世界『レイスフェデル』の神。『観察屋』が『観察』させることで、一切の悪事を許さないようにする。そのため、多数の『観察屋』も誕生させたのだ。
『観察屋』は、何かしらの悪事を観たとき、『観察計』を通じ、報告をすることで、全管理システム『マザー・フェデル』が管理する。
世界に存在する生物は、おおよそ第一民、第二民、第三民と分別されるが、基本的には、50点を割り振られている。
悪事の裁状により点数の増減はあるものの、与えられた点数が30点を下回ると、世界『レイス・フェデル』で生きる価値なしと判断されてしまう。
全てにおいて管理下のもとにある世界『レイス・フェデル』。
そして、『観察屋』として人生を歩む少年ハル=ジオンと弧狸タヌー。
ちょっと妖しいコンビは、明日もまた『巡察』をする日々を送っていく。