夢を見つけろと迫られる狂った世界で僕たちが見つけたものは
教壇の前で先生が今日もいう。
「さあ皆!夢は決まったかな?」
教室の真ん中で、クラスのイケメン同級生が胸を張って大声を上げた。
「俺は火星のテラフォーミング事業を立ち上げ、人類の歴史に名を残す!」
どっと巻き起こる大歓声。
先生は感極まって涙を流し、「素晴らしい夢だ!」と拍手を送っている。
この時代、AIとロボットのおかげで人間は働かなくてよくなった。
その代わり、人々の価値はただ一つ——「どれだけスゴイ夢を持っているか」で評価される世界だ。
そして、次は俺の番だった。
「……俺には、まだやりたいことがなくて……毎日普通に過ごせれば……」
静寂。
拍手ゼロ。
先生の顔から笑みが消え、教室全体に「うわ、痛い奴」という冷たい視線が突き刺さる。
胃がキリキリと痛んだ。
放課後、非常階段。
集まったのは俺と、気弱だけど良いやつのユウキ、無口だけど良いやつのリンの落ちこぼれ3人組だ。
「……もう限界だよ。朝起きるたび、何者でもない自分が嫌で吐き気がする」
膝を抱えてつぶやくユウキ。
「大きな夢がないと、この街じゃ透明人間と同じなんだって……」
消えそうな声で呟くリン。
俺たちは誰も傷つけていない。ただ、「将来の夢」が語れないだけなのに。
数日後、俺たちは校長室に呼び出された。
待っていたのは、皺一つないスーツを着た眼鏡をかけた神経質そうな男だった。桐生と名乗った。
「君たちの『夢ポイント』は規定値以下だ。本日付で退学とし、矯正施設『夢島』へ送る」
「桐生さん、頑張りますから! 夢を探しますから!」
必死にしがみつくユウキを、桐生はゴミを見るような目で見下ろした。
「努力の問題ではない。未来を描く情熱がないという人間としての欠陥が問題だ。島でその欠陥を矯正してこい」
激しい失望があった。
俺たちは大人たちにとって、ただの「エラーデータ」だったのだ。
連れて行かれた『夢島』は、矯正用のハイテク施設……ではなく、ただの古びた禅寺だった。
出迎えてくれたのは、白髪の老僧・玄妙さん。
「なんじゃ、また桐生の奴が送ってきたのか」
「和尚さん! ここでどんな厳しい特訓を受けるんですか!?」
焦る俺に、玄妙さんは一言。
「まあ、掃除でもせい」
渡されたのは竹ほうき。
それからというもの、講義も特訓も一切なし。
毎朝、境内の落ち葉を掃く。
昼は畑の野菜で温かい味噌汁を作る。
夕方は海を眺めてボーッとする。
そんな静かな時間の中で、二人はあっけなく「答え」を見つけた。
「私、出汁をとるのが好きかも。いつか小さな食堂を開いて、美味しいご飯を食べてもらいたいな」
照れくさそうに笑うリン。
「僕、ポカポカの縁側で風の音を聞いてるだけで幸せなんだ。何者かにならなくても、今生きているだけで百点満点だったんだよ」
晴れやかな顔で笑うユウキ。
……だけど、俺だけが取り残されていた。
(なんで……!? なんで俺には何も見つからないんだよ!?)
焦りで頭がおかしくなりそうだった。
夜になるたび、桐生の「欠陥品」という言葉が脳裏に響いて眠れない。
そんなある夜、島の上空が銀色の光に包まれた。
雲を突き破って現れたのは、巨大な結晶体の宇宙船。
そして光と共に降り立ったのは、半透明に輝くニュルニュルとした未知の生命体だった。
『我らの超技術を授けよう。これを使えば星系の覇者にも、万能の知者にもなれる。さあ、君たちの偉大な夢は何だ?』
宇宙規模のチート能力。
これがあれば、街に戻って桐生や大人たち、俺を馬鹿にした同級生を見返してやれる!
胸が跳ね上がった。
だが、隣を見ると——
リンは温かい味噌汁の入ったお椀を「飲む?」と宇宙人に差し出していた。
ユウキは縁側をポンポンと叩いて「風が気持ちいいよ」と隣に誘っている。
宇宙人は驚きながら味噌汁を飲み、その温もりに光をパチパチと明滅させた。
そしてユウキの隣に座り、夜風に揺られながら「何だこの心地よさは……」と体を揺らしている。
宇宙規模のチャンス? 超技術?
そんなもの、二人はハナからどうでもよかったのだ。
その光景を見た瞬間、俺の中で何かがプツンと切れた。
(……なんだ。アホくさ)
肩の力が、完全に抜けた。
宇宙人の知識? 将来の成功?
そんな大層なものを背負わなくたって、今吹いてるこの夜風はこんなに気持ちいい。
俺はお椀に残っていた味噌汁を受け取り、ズズッと一口すすった。
「……あ、美味い」
体に染み渡る出汁の旨味。今、ここで生きてる感覚。
『……君は、何も望まないのか?』
不思議そうに光る宇宙人に、俺は笑って首を振った。
「うん。もうどうでもよくなっちゃった。今これが美味いから、それでいいや」
立派な答えも、将来の計画もない。
だけどお椀を両手で包んでいるこの瞬間、俺は間違いなく世界一満たされていた。
宇宙人は目を見張り、歓喜するように全身を七色に輝かせた。
『見事だ、地球の若者よ! 未来の肩書きに縛られず、「今」をただ味わう精神……それこそが、我らが宇宙を巡り探し求めていた最高峰の境地だ!』
超技術を持つ宇宙人は、地球のどんな大物よりも、「今」を全力で楽しむ俺たちに深く敬意を表し、温かな光と共に去っていった。
翌朝。
澄み切った青空の下、一隻の船から足音が響く。
やってきたのは、あの冷酷な男、桐生だった。昨夜の宇宙船を感知して駆けつけてきたのだ。
「査察を行う。……夢を獲得できたか?」
一ヶ月前なら震えていたはずの俺たちは、まっすぐ桐生の目を見つめ返した。
「私は、小さな食堂を開くという私だけのやりたいことを見つけました」
「僕は夢はありません。でも、何者かにならなくても今を愛せる自分を見つけました」
「俺も未来は決まっていません。ただ、『今』を面白がって生きていく覚悟ができました」
胸を張る俺たちに、桐生はしばらく無言だった。
やがてフッと眼鏡を押し上げ、深く息を吐く。
「……全員、合格だ」
端末を操作し、俺たちの不適合者データを手際よく消去する桐生。
「え……?」
驚く俺たちに、桐生は疲れの混じった、どこか人間くさい苦笑いを向けた。
「あの街は異常だ。『デカい夢を持て』と圧力をかけ、今を楽しめない精神的奴隷を作っている。私はあの狂気に耐えかねていた」
海を見つめながら、桐生は静かに語った。
「夢を持てない素直な子供たちが潰されるのを見過ごせなかった。だから見込みのある奴を片っ端から落選させ、この島へ送っていたんだ。和尚のもとで、『自分だけの生き方』を掴ませるためにな」
憎んでいた冷徹な面接官は、狂った社会から俺たちを守ってくれていた、そんな大人がいた。
「小さなやりたいことを見つけた者も、日常を愛せるようになった者も、未来を決めない強さを得た者も……全員、あの街の圧力に絶対折れない『最強の生き方』を手に入れた。……さあ、行きなさい」
島を離れる船のデッキ。
遠ざかる島と、波間にきらめく太陽を見つめながら、俺たち三人は笑い合った。
「ねえ、アキラ。今日のご飯、何かな」
「玄妙さんが持たせてくれたおにぎりがあるよ。……すっごく美味そうだ」
俺たちの手には、相変わらず「でかい夢」なんてない。
玄妙さんが持たせたくれたおにぎりの重さが心地よかった。
ああ、生きていて楽しい。
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