第一話 王女なんて助けたくない!
今日の俺は幸運だった。
三日月が夜空に輝き、街灯の一つもない土道を淡く照らしている。
両手にはたくさんの金貨や銀貨。ざっと数十枚はあるだろう。それを溢れないように注意しながら歩く。
「ようっ、上機嫌だなぁノクス」
と、後ろからひょこっと顔を出したのは魔物だ。といっても敵性はない。
魔物のくせに小さくて丸っこい。しかし魔物らしい小さいツノは生えている。そして宙をふわふわ浮くことができる、よく分からないヤツだ。
「今日は当たりの盗賊だったからな」
両手の金銀財宝は、全て盗賊から奪ったものだ。
俺は金に困った時に盗賊狩りへ出かける。
だいたいは、金貨の一枚も奪えていないようなハズレ盗賊団なのだが、たまにいるのだ。大当たりの盗賊団が。
もっと金を奪ってくれ、世の盗賊たち。
それを俺が奪うために。
「毎回言ってるけどよお、お前それバレたら捕まるぞ?」
「知るか、だいたいお前が頼りないせいだろ」
盗賊団だって人の金を奪っているわけだし、そいつらに制裁を下している、と考えれば俺は正義の味方なのだ。
というか俺がわざわざ盗賊狩りに出向かなければいけない理由はこの役立たずな魔物にあるのだ。
「お前が一週間に一枚しか金貨を作り出せないから俺がこうやって盗賊から金を奪わないといけない事態になるんたろうが」
「一週間に一枚、金貨を作り出せるオレの特殊すぎる能力はもっと褒められてもいいと思うんだが!?」
「黙れ金づる」
物価が高いこの王都で、一週間に一枚の金貨では全然足りないのだが、それでも俺にとっては大事な資金源である。
俺はスラム街出身だ。
この王国の国民は、スラム街の出自と知ると途端に嫌な顔をする。
スラム街出身は国民とも思われていないのだ。仕事もほとんどない。あるとすれば、安働きの雑用くらいだ。一日働いても、一食分の金にもならない。
そんなこんなで万年貧乏の俺は、一週間に一枚の金貨は貴重な資金なのだ。
それでも金は底をつく。
王都は物価が高いのだ。
「お前、せめて三日に一回、金貨作り出せるようになれないのか?」
「絶対無理だ! そもそも一週間に一枚だって頑張ってるんだぞっ! お前が安働きだろうとコツコツ稼いでりゃいいじゃないか!」
「口ごたえするな俺の財布のくせに」
「ひどいっ!」
金づるは心臓を押さえてウソ泣きをした。
コイツ、魔物のくせにウソ泣きなんて習得してやがる。
金づるのウソ泣きは、俺が無視しているとピタッと止まった。
いつも通りだ。
そんなことをしながら歩いていると、金づるがその丸っこい手をかざして遠くを見た。
眩しくないだろ、夜なんだから。
だが夜らしくない、紅い光が横から俺たちを照らしている。
炎だ。
村の家々が燃えている。
「………はぁ」
今日の俺は幸運だった。……はずだった。
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村の家々が燃えている。
「おいお前、見たよなぁ」
「み、見てない……!」
「嘘ついてんじゃねぇぞクソガキが!」
「げうッ……!」
鎧を纏った男に、六、七歳くらいの少年が殴られた。
少年はなすすべなく地面を転がって、痛みで立ち上がれない。
「………」
そんな状況を、俺は少し離れたところから眺めていた。
宿へ戻るにはこの村を突っ切る他道はない。
「仕方ない……」
俺はこの村を突っ切ることにした。
「あぁ? 誰だお前」
すると当然だが、鎧の男に気づかれる。
「通りすがりの者だ。人殺しならよそでやってくれ、俺はここを通りたいだけだからな」
「あ? 黙って見過ごすわけねぇだろ!」
「誰かに言ったりなんかしないぞ。だから早くそこをどけ」
「あいにくと、目撃者は皆殺しにしろと言われてるんだ。お前の両手に抱えているその金も持っていってやるよ」
話しても無駄だなコイツ。無視して帰ろ。
俺は鎧の男の横を通り過ぎ、そのまま歩き去ろうとしたが―――
「行かせねぇっ、つっただろ」
「……………だりぃなテメェ」
鎧の男は俺の肩をガシッと掴む。
刹那、鎧の男の首が、スッと落ちる。
俺が、鋭く練った魔力を飛ばしたのだ。
実にあっけなく、鎧の男は死亡した。
「相変わらずバケモノじみた技をいとも簡単に出すよな、お前。普通魔力をそんな鋭く練るなんて不可能だぞ」
金づるは、呆れたように首を振る。
「あ、あの……! あ、ありがとうございました!」
とその時、少年が声をかけてきた。先程、殴られていたやつだ。
あいにくと、雑魚にかまっている暇はない。
「あっ………」
俺が歩き去ろうとすると、少年は残念そうに俺の方へ手を伸ばす。
「おい、なんか言ってやったらどうだノクス。あいつお前に感謝してるみたいだぜ」
にやりとしながらツンツンと突いてくる金づる。
「ほれほれ、ツンツンツンツン………」
ウザい。
ため息を吐き、俺は振り返らずに言う。
「……お前を助けるためにしたんじゃない」
俺は金銀財宝を両手で抱えながら、その場を後にした。
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村を出るとすぐに分かれ道がある。
右と左、どちらから行っても宿へ戻ることはできるが、右の方が近道なので右の道を進む。
「おいおいノクス、さっきのガキが『見返りも求めないなんて……カ、カッコいい……』なんて呟いてたぜ、笑えるな! ハハハ!」
どこへ行ったかと思えば、あの子供のところだったのか。
ちなみに金づるが他の人から認識されることはまずない。俺が『認識阻害魔術』というオリジナルの魔術をかけているからだ。
しかし残念ながら、俺自身にはかけられない。対象が魔物でないと成功しないのだ。
「…………チッ」
夜道を歩いていると、再び不幸が舞い降りてきた。
「くっ……あなたたち、何者なんですかっ……!」
そこで、数十人の鎧を着た男たちと、位の高そうな少女が交戦していた。
少女の護衛らしい数人の男は皆、血を流して倒れている。この人数差では当たり前か。
その少女は、少しはやるらしい。
鎧の男たちに引けを取らないどころか上回る強さだ。
しかしそれでも人数差が大きい。少女はなんとか持ち堪えながらも、一歩、また一歩とじりじり後退している。
剣を握る細い手は、恐怖で震えていた。
それを隠そうと唇を結んでも、しかし何の意味も成さない。
「…………」
だがしかし、俺には関係のないことだ。
俺は見なかったことにして踵を返した。
……仕方ない、左の道から行こう。
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数分後、俺は目の前の不幸すぎる状況に瞠目せざるをえなかった。
「や、やめてください……っ」
「ハハッ、やめるとでも思ってんのかぁ!?」
何回、目をこすっても、そこにはいたのだ。
さっきの、鎧の男たちと高貴そうな少女が。
「ハハハッ、わざわざ道を変えたのにまた出くわしちまったなぁノクス! だがなんでここにいるんだあ?」
「チッ………後退し続けてここまできたんだろ」
あの少女が、鎧の男たちの攻撃に圧され、右の道からじりじりと左へ後退した結果、左の道に出てきてしまったということだ。
俺がため息をつくと、高貴そうな少女がこちらに気づいた。
「っ、そこのあなた、早くここを離れてください!」
「うるさいな、お前がさっさと殺されていれば面倒なことにならなかったんだ」
「ぇ………ご、ごめんなさい………」
少女は謝った。
「……ノクスお前、人の心とかないのか?」
「黙れ金づる、魔物が人の心を語るな」
「お前よりは人の心あると思うがな」
さっきから進行方向を塞がれてばかりで、少しムカついていたところだ。
「さて、殺るか……」
早く終わらせるだけなら、あの少女を一人殺すだけで一件落着なんだが……。
俺の見立てでは、あの少女、かなり位が高そうだ。少なくとも平民ではない。
とすると、あの少女を助け出せばお礼に金とか宝石とか貰えると思うのだ。
絶対そうだ。助けられておいて何もないなんてクズだろう。
「ははっ……」
やはり今日は幸運な日だったのだ。
俺は、口元の笑みを抑えられなかった。
両手に金銀財宝を抱え、ニヤリとした笑みを浮かべながら、俺は駆け出した。
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鎧に蹴りを入れ、鎧ごと肋骨を粉砕する。
鎧の男は血を吐いて倒れた。
「……、一人目」
いきなり味方を気絶させられた鎧の男たちは、少女から俺へと注目を変える。
「な、ナニモンだ!」
「両腕に金抱えながらやったのか!? 何なんだコイツはぁ!?」
「そ、そういやぁ村のヤツラ殺しに行ったヤツが帰ってこねぇぞ……」
俺の登場により場が膠着状態に入る。
「ぇ…………!?」
少女は何が起こっているのか分かっていない様子だ。
「おらぁぁぁぁ!」
と、ハゲの鎧の男がしびれを切らしたのか、剣を振り上げて俺へ迫ってきた。
【浮遊魔術】
俺はそんなハゲもろとも、鎧の男たち数十人を全て残らず宙へ持ち上げた。
「な、なんだぁ!?」
「う、浮いたぞ!?」
数十人の鎧の男たちは今、全て俺が自由に動かせる状態にある。
俺はそいつらを中空の一点に集めた。
「……消えろ」
そして、その一点めがけて魔力砲をぶっ放した。
轟!!
大気が震える。
淡く輝く魔力の光が天に向かって伸びていく。
雲もまとめて吹き飛ばし、やがて魔力の光は薄らぎ、細く収束していった。
俺がよく使う、対集団の戦法だ。
ほうきで落ち葉を集めて、一気にちりとりに入れる、みたいなかんじで非常に楽なのがポイントである。
ちなみに鎧の男たちは塵も残らず消滅している。
「………っ、……ぁ………ぇぇ……?」
少女は何やら口をパクパクしている。
何を驚いているんだ?
魔力を使った基本技である『魔力砲』を撃っただけなんだが。
「ノクスお前………」
金づるもジト目である。
よく分からない。
「あのっ、ありがとうございました……! 私はアルシア=レシラールです」
アルシアと名乗った少女は、なんか貴族っぽい挨拶をした。
ほらな、絶対コイツ身分高いじゃん。
「困っている人を助けるのは当たり前の行動だ(嘘)」
「ぜひお礼をさせてください」
「そうか、別にいいんだが(大嘘)そこまでいうなら貰っておこう」
俺は拳を握りしめ―――たかったが、両手は金銀財宝で塞がっているんだった。
計画通り。
「あの、さっきの人たちは………?」
「鎧の男たちのことか?」
一人残らず消滅したが。
……質問の意味がわからない。
首を傾げていると、金づるが耳元でコソコソと囁いた。
認識阻害魔術を使ってるので大声でもバレないのだが、コイツは雰囲気を重視するタイプらしい。
「普通、魔力砲で人が塵も残らず消滅するなんてありえないだろ? さっきの男たちがどこに消えたのか不思議に思ってるんだ」
そういうことか。
「あー、えっと………遠くに行ってしまった(死んだ)んだ」
「遠くへ行った(吹き飛ばした)んですか……お強いんですね」
よくわからんが、少女が感心している。
「アルシア様ァァァァァァァ!!!」
その時、とてつもない大声が響いた。
発生源の方へ首を向けると、赤髪で筋骨隆々で腹をざっくり斬られている男が走ってきた。
この少女の護衛だろう。
「アルシア様! 大丈夫ですか、怪我は!?」
「私は大丈夫です、この方に助けてもらったので……それよりあなたのほうが………」
「ん? あ、血が出てるッ!? ですが俺はこのくらいじゃ死にませ………あれ、頭がクラクラしてき………」
「しっかりしてください! 会話の途中で意識が飛びかけてますよ!」
コイツの護衛はバカなようだ。
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このバカはゼスというこの少女の護衛隊長らしい。
まあ覚える気も、必要もないが。
「私が治癒魔術を使えたら………っ」
ゼスの腹の傷はかなり深く、包帯を巻くだけでは少し心もとない。
ちなみに俺は、絶命していなければどんな傷でも治すことができるくらいには治癒魔術が得意だが、こいつに使ってやる義理などないのだ。
「すんませんッ、ゼスさん………っ! 俺がもっと鍛えていれば、あなたが俺を庇うことなんてなかったのに………ッ!」
どうやらゼスはこの男を庇って傷を負ったらしい。
人を庇って怪我をするなんて、なんて頭のおかしいヤツなんだ。人を助けたところで、メリットなど何もないのに。
「ハハッ、俺はバカだから、こんくらいじゃ死なねえよ」
ん、どういう理論だ?
ゼスの言葉で、場の雰囲気が少し和らぐ。コイツはこういうヤツなのだろう。皆からの信頼も厚そうだ。
「あっちに馬車があるので、それで帰ろうと思います。是非あなたも来てください、謝礼の件もありますので」
「ああ」
こうして、俺たちは馬車へ乗り込んだ。
目的地はこのアル……アルなんとかの家。
そして数十分後、俺は驚愕することになる。




