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現代社畜のダンジョンコンサル  作者: 珍比良


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社員-ランニングコスト-

 ダンジョンとやらに法人破産はあるのだろうか。そんな現実逃避をするくらいは許してほしい。


「ゲロルグさん、単刀直入に聞きます」

「……ゲロ」

「どうしてこんなことになっているんですか?」


 魔力とは何なのか。ダンジョンとは何なのか。

 そんなことを知らなくても数値を見ただけである程度の状況は察せる。このダンジョン――湖沼外れの小洞穴は倒産寸前だ。むしろ潰れていないのが奇跡と言える。賢明な経営者なら責任から逃れるための算段を立てて実行に移している頃合いだ。


 これを立て直すというのであれば、まずはここまで落ちぶれた原因を探らなければならない。

 尋ねると、ゲロルグさんは平たい口をもごもごさせた。言いにくいことを言う時の仕種。この短時間で学んでしまったゲロルグさんの癖だった。


「魔王様は……途轍もない力を持っているんでゲロ。どんな人間にだって後れを取ることはないと断言できるゲロ。他の魔王と比較しても上位に入るはずでゲロ。ただ……頭を使うことは苦手と言うか……」

「具体的には?」

「……あまり考えなしに魔力を浪費するのはやめた方がいいと進言しても聞き入れてもらえず……」


 ワンマン経営による資金繰りの不健全化。


「それまで良かった部分を、急にとりやめるよう指示してきたことも……」


 フラッシュアイデアによる既存収益構造の破壊。


「とにかく何も言わず私に従えと……」


 意思決定の偏りによる方針転換不全および学習性無力感の蔓延。


「そうしてる内に、いよいよ後がなくなったので――協力者の召喚を行うことになったんでゲロ」

「なるほど。把握しました」


 トップの暴走による致命的な経営破綻。わりと有りがちな理由だ。異なる世界といえども組織が潰れる理由に共通項はあるらしい。

 少し安心した。それが率直な感想だ。わけの分からない現象のせいで経営不振に陥っていると言われたら詰みだったが、理由がハッキリしているなら対処はしやすい。


 もっと早く召喚を行えとか、トップの暴走をそれとなく軌道修正するのが部下の仕事だろとか、言いたいことは色々あるが口にはしない。無駄だったのだろう。そんな予感がする。


「どうでゲロか……? 何とかなりそうゲロ……?」

「できる限りのことはやりますよ。早速ですが、魔王……ええと、名前は……」

「魔王レイミア様ゲロ」

「ああ、そうでした。レイミア様と面会することは可能ですか? ちょっと洗の……説得が必要だと感じましたので」


 根っこの腐敗を放置していればじきに枝葉も腐っていく。対症療法を繰り返すだけではきっと意味がない。まずは魔王の過干渉と暴走を止めなければ。

 そう思っての打診だったが、返ってきたのは思わしくない反応だった。


「それなんでゲロが……魔王様はいま寝ているので会うことはできないゲロ」 


 叩き起こせと言いたいが、もしそれをやったら代わりに永眠させられそうだ。それくらいは予想できる。リスクヘッジはビジネスの基本。ならば話を次に進める。


「あと何時間後に面会を取り付けられそうですか? それによって今後の予定を決めようと思うのですが」

「……おそらく六日後ゲロ」


 ん? 聞き間違いかな? それとも神の御業の翻訳が上手く機能しなかったのかな?


「えーと、六時間後ですか?」

「六日後、ゲロ。魔王様は、先ほども言ったように途轍もない力を持っているのでゲロが……その分燃費が悪いと言いうか……一日活動したら六日は寝なければ起きてこないんでゲロ」


 週一勤務とかそんな怠惰なことがあっていいのか。重役出勤が当たり前の弊社社長でもそこまで酷くはないぞ。下には下がいるものだなぁ。異世界、侮り難し。


「ちなみに無理やり起こそうとしたらどうなります?」

「暴れるゲロ。殺されたくなかったら絶対にやめるゲロ」


 労災は適用されるんだろうか。

 よしなしごとを考えつつスマホのメモに書き込む。ヒヤリハット項目、眠れる魔王起こすべからず。


「面会は六日後、了解しました。でしたらその前に少しでも状況を改善しておいて良い心象を与えておきたいですね。今後に響きそうですし」

「できる、ゲロか?」


 やらなきゃ殺されるのだ。やるしかない。それこそ死に物狂いになってでも。早く地球に帰らないと査定に響くんだよ。

 そのためにやることは一つ。スマホの電源を切り、ポケットにしまいながら言う。


「まずはこのダンジョンの収入と支出の構造を把握しておきたいですね。問題点の洗い出しを行います。損益計算書か帳簿……出納帳みたいなものはありますか?」

「……な、ないゲロ」


 オーケー。破綻寸前のこの状況はなるべくしてなったというわけだ。まともな経営診断ができるなどという希望は捨てよう。

 頭の中に根付いている現代日本の常識を削る。僕は要求のランクを一つ下げた。


「でしたら昨日の収支内訳は分かりますか? 総魔力量がどれだけマイナスになったのか、どういう要因で変動したのかを知らなければメスの入れどころが分かりかねるものでして」

「ああ、それくらいなら……あったゲロ」


 ゲロルグさんがまた新たなパネルを呼び出した。極めて異質な光景に映るが、神や魔力が存在するならそれが当たり前なのだろう。いちいち疑問を抱くのも効率が悪い。受け入れよう。


「えー、昨日は……だいたい1万のマイナスでゲロね」

「っ……そう、ですか……」


 まずいな。笑顔を保てている自信がない。思わず間の抜けた声を出してしまうところだった。


 マイナス1万? 冗談にしてはタチが悪すぎる。単純計算であと五日しか持たないじゃないか。何を呑気にしているんだここの異形どもは。

 頭の中で『人』の字を三回書く。気分を落ち着かせるためのルーティーン。興奮のピークは六秒間と言われているが、そんなに長く間を空けるのは愚の骨頂だ。一秒も置かずに切り替える。


「分かりました。ちなみに今日の収支の着地予想は?」

「予想は……難しいゲロね。人間が来るか来ないかは運次第なので……あっ、ちょうど来たみたいでゲロ!」


 予想が難しい。運次第。

 なんとも頭が痛くなる言い分が聞こえたが、仕事に対する心構えについて詰めるのは後にしよう。今はそれどころではなくなった。


 人間が来た。その言葉につられて浮いているモニターの一つを見ると、三人の人間が洞窟――おそらくはこのダンジョンの一部――に踏み入ってくる映像が流れていた。


 三十代から四十代と思われる男が一人。十三から十五と思われる男女が二人。

 大人の男は整った身なりをしていたが、子供二人は貧相な格好だった。ほつれた布服に粗末な靴。生活水準の低さが窺える。

 日本の街にいたら、ともすればか弱い浮浪児に見えてしまいそうな二人は、しかしその手に物騒な剣を手にしていた。やはりと言うべきか、日本の常識は捨てておいたほうが良さそうだ。


「あの三人を今からやるんですか?」

「やれるかどうかは分からないゲロ。ただ……初めて来るみたいなので多分やれるゲロ」

「それはどういう?」

「見ていれば分かるゲロ」


 そう言われたら見るしかない。念のためスマホで撮影しておきたいが、電池が切れたら回復する手段がないので難しいところだ。少しでも節約しなければならない。


『レッサーリザードが来たぞー。よく見ておけよー。こうやるんだ』


 モニターから大人の男の間延びした声が響く。高解像度映像に高音質スピーカー……まるで最先端の監視カメラだ。私用に欲しいところである。


『キシャアアッ!』

『こいつぁただの雑魚だ。ビビんな、そうすりゃ勝てる。おらよっと』


 男のもとに駆け出していったのは二足歩行のトカゲだった。レッサーリザードというらしい。

 風体は僕を起こしに来たあのトカゲ男に似ているが、体格は貧相だし動きもどこかぎこちなかった。

 レッサーリザードはどてどてとした大股で男に近寄り、手に持った大鉈のような武器を振り上げたところ、首に剣をブスリと突き入れられてあっけなく倒れ伏した。


「……おお」

 

 拙い動きであっさりやられたレッサーリザードだが、それを差し引いても中々の迫力である。男の動きや倒れるレッサーリザードの質量感といい、時代劇の殺陣(たて)よりもよほど真に迫っていた。命のやり取りなのだから当然、か。

 どうと倒れ伏したレッサーリザードがビクリと痙攣してから絶命した。間を置かずして光の粒になる。おおう、ダンジョンで死ぬとこうなるのか。何もかもが地球と違う。


 ひとしきり感心したところで一連の流れを咀嚼する。

 見れば分かると言われたが……正直、何一つ分からなかった。


「味方と思しき方がやられてますけど……?」

「あのレッサーリザードは魔力を消費して呼び出せる意思なき同族ゲロね。正直弱いでゲロが……費用が安いんでゲロ。それにでかい方の人間は倒せるとは思っていないゲロ」

「狙いは小さい方、と」

「ゲロ」


 二匹目のレッサーリザードが三人組にどてどてと駆け寄る。次に前へ出たのは子供二人だった。

 固い顔をして迎撃の構えを取る二人。しかし腰が引けている。素人目に見てもビビっているのが窺えた。


 そして二人はレッサーリザードの大振りな振り下ろしを受け止めきれず、無情にもばさりとぶった斬られた。


「……なるほど」


 見ようによっては猟奇的な殺人現場なのだが、そこまで心はざわつかなかった。血の代わりに光の粒――おそらく魔力と呼ばれているもの――が飛び散るという非現実的な光景もそうだが、引率役らしき男が全く動揺していないのが大きい。

 面倒くさそうにぼりぼりと頭を掻いた男が言う。


『だーからビビんなって言ってんのによぉ。ま、一回死にゃ嫌でも覚えんだろ。どうせ死んどくなら早ぇほうがいいしな』

 

 この世界ではこれが日常なのだ。そう思わせるに十分な言葉であった。


「ゲロゲロ。幸先いいゲロね。獲得した魔力は二人合わせて18,000近くでゲロ」

「それは多い方なんですか?」

「……まあ、ほぼ最低値ゲロね。成長していない人間二人ならこんなもんでゲロ」

「なるほど」


 ダンジョンの運営を手伝えと言われた時は為すべきことが不明瞭だったが、蓋を空けてみればなんのことはない経済活動だった。

 ターゲットを定め、策を講じ、行動を起こし、利益を確保する。

 BtoC……消費者向けのビジネスモデルに近い。サービス業か小売業に例えると分かりやすそうだな。


「ところでゲロルグさん、死んだ二人はどこへ?」

「ダンジョンの入り口に戻ってるゲロ。こっちゲロね」


 ゲロルグさんがクイと指を動かすと部屋の隅に浮いていたモニターが滑ってきた。どうやら入り口を映しているものらしい。

 変わり映えしない土色の部屋に子供二人が倒れ伏している。肉体に損傷は見受けられない。どうやら本当に死んでも問題ないようだ。

 ダンジョンの中限定ではあるらしいが……なるほど引率の男が緊張感を帯びていないわけである。散歩に連れ出しているような感覚なのかもしれない。カルチャーショックが極まるね。


「本当に無事なんですね」

「死んだら意味がないゲロ。魔力を貯めたら何回でも来てもらわないと困るゲロ」

「そうですね、リピーターは大事だ。……ちなみに私がこのダンジョンで死んだらどうなるんですかね」

「……たぶん、死ぬゲロ。ワタヌキハジメ様からは魔力を感じないゲロ」


 やはりか。あの時感じた『死』は確かなものだった。あわよくば無事でいられるかもなどとは思わないほうが良さそうだ。


「重々気をつけることにします。それで、このダンジョンで得られるものは……力と経験でしたっけ?」

「ゲロ。人間は魔物を倒すことで自身の魔力を成長させるんでゲロ。まあ、それは他のダンジョンでも同じことなんでゲロが……」


 このダンジョン特有の利点はなし、と。

 独自価値創造(ブランディング)による差別化はマストだな。


「ふむ……収益についてはある程度把握しました。次は支出項目について確認してもよろしいでしょうか」

「ゲロ。さっきも言った通り意思なき同族を呼び出す時に使ったり、ダンジョンの改築にも使うのでゲロが……今の支出は主にゲロたちの食費ゲロ」


 最大の支出が食費……?

 僕は内心で首を傾げた。接待交際費が過剰に設けられていた時代でもそんな馬鹿なことにはならないぞ。


「健啖家が多いとか、ですか?」

「ゲロロロ。ゲロたちは魔力を直接"得る"んでゲロ。説明は難しいゲロが……要は給料のようなものゲロ。これがその一覧ゲロ」


 ゲロルグさんが滑らせてきたパネルを覗き込む。


 ……………………なるほど。これは――真っ先にやることが決まったかもしれない。


「ゲロルグさん。ちょっと聞きたいんですが……このリーサルさんとイデリアさんって何をされてる方なんですか?」


 渡されたパネルに記載されていたのは給料として払われている一日分の魔力支出だった。それを見た感想を率直に尋ねる。


「リーサル殿はこのダンジョンの三階層を護っているゲロ。イデリア老は……魔王様が保護なさった方でゲロね。ブラストータスという種で、人間によく狙われるのでここに匿っているゲロ。……特別な業務はしてないゲロが」

「それは……お優しいことで」

「そうでゲロ! 魔王様は……ああ見えて同族に対しては懐が深いのでゲロ! かく言うゲロも魔王様に保護してもらった身で――」


 ゲロルグさんの身の上話を聞き流し、適当な相槌を打ちながら考える。魔力支出量を減らす――その口実はどうすればいいか。どういう流れに持っていけば後腐れがないか。

 改めて明細票に目を落とす。


 ・ゲロルグ ワイズトード     1,500P

 ・リーサル ジェネラルリザード 35,000P

 ・イデリア ブラストータス    3,000P


「勘違いだったら申し訳ないのですが……このダンジョンに来る人間は、二階層より先には進まないとかいう話ではありませんでしたっけ?」

「ゲロ。リーサル殿のおかげでゲロね。リーサル殿は人間の猛者とも互角以上に渡り合える武人でゲロ。どんな力自慢でもリーサル殿を恐れて三階層に降りようとしない……これは名誉なことなのでゲロよ?」


 名誉。名誉ね。理解できない類の誉れだ。業績悪化の要因でしかないというのに。


「そうですか。ゲロルグさん、ちょっとした頼みがあるのですが」

「なんでゲロか? ゲロにできることであれば何でもするゲロ」


 素晴らしい心掛けだね。全ての社員かくあるべし。

 僕は営業スマイルを浮かべた。


「そんなに難しいことではありませんよ。ちょっとリーサルさんとイデリアさんのお二方を呼んで頂いて、今までの功績や貢献を称えると同時に――肩を叩いてあげて欲しいんです」


 ほんの少し、強めにね。


 ◇


 ■肩を叩く

 凝りをほぐすために肩部を叩くこと。

 人族の間では、何かを強く勧告する際の比喩として用いられることもある。

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