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現代社畜のダンジョンコンサル  作者: 珍比良


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厚生-コンプライアンス-

 メモを取る手が止まる。

 業務内容が殺人の幇助だと、そう言ったのか?


 顔を上げ、スマホに落としていた視線をゲロルグさんへと向ける。目は合わなかった。先ほどまではこちらを見ていたのだが……露骨に目を逸らされていると実感できる。


 ……なるほど。合点がいった。どうりで……協力の依頼をし辛そうにしていたわけだ。人間である僕に対し、人類の敵対者になれと言っているようなものなのだから。


「人間の殺害、ね」

「…………」

「ダンジョンっていうのは全部それが目的なんですか?」

「……目的はあくまでも魔力の調達ゲロ。魔力は魔物のエネルギーになるし、あらゆる物質の素になるんでゲロ。人間は……取り込んだ魔力を育む力に長けているゲロ。ダンジョンで魔物を狩らせて成長させ、やがて魔力を収穫する……それがダンジョンの……運営ゲロ」

「……仕組みは理解しました。ダンジョンの運営が意図的に行われているということを知る人間はいますか?」

「いない、ゲロ。そもそも意思を持って運営されているダンジョンは魔王が治める七つのダンジョンだけゲロ。人間はその事実すら知らないゲロ」

「なるほど」


 集めた情報を繋ぎ合わせて世情を確定させる。

 一つ。この世界における生態系の頂点は人間ではない。魔王か、もしくは神とやらが最上に位置している。

 二つ。ダンジョンは人間に利をもたらすように見せかけた疑似餌であり、その本質は人が育てた魔力とやらを回収するための装置である。

 三つ。この世界では人間は家畜のような扱いを受けている。無知な人間をせっせと働かせ、最終的には特権階級が搾取する。うーん、弊社かな?


 ともあれ、あまり愉快ではない世界だ。メンタルの切り替えが得意だと豪語した手前言い出しにくいが……さすがに殺人を日常的にこなして正気でいられる自信はない。

 

 映画好きの上司に勧められ、話を合わせるために見た映画を思い出す。身を守るために望まぬ殺人を犯してしまった者が良心と自己弁護の狭間で懊悩する心理スリラーものだ。

 殺さなければ殺される。その一心で殺人を犯し、しかしその後まともな精神でなくなり、こんな思いをするくらいなら死んだほうがいいのではないか――本当に死ぬべきだったのは自分なのではないか――と狂っていく過程がいやにリアルだったことを思い出す。

 僕はどうせフィクションだしと一線を引いて見ていたが……まさか自分が同じような選択を迫られるとは思わなかった。

 他人事ではいられない。選ばなければ、ならないのだ。


 どうするべきか。その葛藤が伝わったのか、ゲロルグさんが口を開いた。


「やっぱり、無理ゲロね」


 諦念の含みを感じさせる声色だった。


「召喚されたのが人間だった時に、こうなることは予想していたゲロ。同族殺しはこの上ない禁忌。やれと言われて素直に受け入れるはずがないゲロ……」


 神妙な表情を作り話を聞く。耳を傾けながら頭も回す。まだ二択を迫られる状況ではない。逃走するという択もあるのだ。仮にここから逃げ出せたとして、無事に地球に帰れるのかは……あまり考えたくないが。


「たとえ直接手を下すわけではなくても……命そのものを奪うわけではなくても……同族殺しをするなんて――」

「……ん? ちょっといいですか?」

「ゲロ?」

「『命そのものを奪うわけではない』というのは……どういう意味ですか?」


 抱いた疑問を放置しないことは仕事における鉄則。ゆえに僕は率直な疑問を口にした。ゲロルグさんはさも当然と言いたげに答えた。


「どういう意味も……ダンジョンが収穫するのは人間の魔力であって命ではないゲロ。来る人間の命を残らず奪っていたらすぐに人間が絶滅してしまうゲロ。ダンジョンはそうならないよう肉体と魔力を分離させるための場でもあるんでゲロ」


 ふむふむ。なるほど、なるほど。


「とはいえ……ダンジョンの中で死ぬとそれまで育てた魔力が全て無に帰すゲロ。それは相手のこれまでの人生を奪うも同義……同族にそんな苦境を強いるのは――」

「つまり、ダンジョン内では人を殺しても本当に死ぬわけではないんですね? 魔力がなくなるだけ。なるほど。であれば問題はありません。殺しましょう」

「ゲロ!?」


 全く驚かせてくれるよ。乗り出した身を弛緩させて椅子に背を預ける。

 殺害なんて言うから物騒な想像をしたが、命を奪うわけではないなら問題はない。

 

 戦争をモチーフにしたゲームのようなものだろう。ゲームの中で相手を殺してもプレイヤーが死ぬわけではない。ただゲーム内のキャラクターは死に、所持している金を奪われる……そんな感じだ。詳しくないから知らないけれども。


「ど、同族を殺すことになるんでゲロよ?」

「え? いや死なないなら大丈夫でしょう。むしろ私は命握られてますからね。比較にすらならない。死にたくないのでやりますよ。普通でしょう」

「……そ、その割り切り方は普通ではないゲロ」

「普通ですよ、普通」


 それに――。口には出さず胸中で呟く。

 なんの前触れもなく突然連れてこられた謎の世界に、地球の人間と全く同じ姿形の人間がいたとしても――同族意識が湧くとは思えない。

 そもそも魔力ってなんなのさ。そこからだよ。僕にそんなものはない。やっぱり同じ人間じゃないのかもしれないな。


 そうと分かれば話が早い。僕は再びメモ帳アプリを起動した。


「そんなことより」

「そんなこと!?」

「はい。次の質問に移ってよろしいでしょうか。主に労使協定についてお伺いしたいのですが」

「……ワタヌキハジメ様が神に選ばれた理由に、得心がいったゲロ」


 ことは一刻を争う。些事にかかずらって時間を無駄にするのは得策ではない。さっさと認識のすり合わせを終わらせてしまおう。


「ダンジョンの運営改善が業務内容であることは把握しましたが、労働条件についてはお伺いしていなかったので今一度明確にしておきたく存じます」

「ゲロ……」

「勤務地はこのダンジョンでよろしいかと思われます。確認したいのは就業時間と休日、住居、それから……僭越ながら、給与などは頂けるのでしょうか。もちろん現物支給でも構いません。なにせ食事を摂らなければ、殺されるまでもなく死んでしまうものでして」


 軽いジョークを交えつつ命の保証を求める。

 現状、このダンジョンにおける僕の待遇は控えめに言っても劣悪の極みだが、さすがに召喚した人間に飯も与えず餓死させるほど愚かだとは思いたくない。社員を使い倒すのは企業の常だが、使い潰すのは悪手でしかないのだ。

 生かさず殺さず。その定石が浸透しているのかを聞き出す目的もあった。


 しかしながら、返ってきたのはより衝撃的な答えであった。


「働いてもらう場所はここで合ってるゲロ。就業時間は……そこまで厳密に決まっているわけじゃないゲロね」


 なに。思わず身を乗り出す。就業時間が――特に決まっていない?

 何だそれは。そんなことが許されるのか。


「休日は……特にそういう制度は設けていないゲロ」

「ちょっと待ってください」


 続いた言葉があまりにも衝撃的すぎて反射的に話を遮ってしまう。

 休日という、制度を、設けていない。それはつまり――


「えっ、異世界には労働基準法とかないんですか?」

「……? ないゲロ」

「労働基準監督署もないんですか?」

「ないゲロ」


 おお……。僕は感動した。


 実に――実に素晴らしい。


 それはつまり繁忙期だけどひと月に許される残業時間をオーバーしてしまうから出勤してはならないという縛りが消えるわけだ。

 どうしても現場に出なければならないのに、十三連勤になってしまうから自宅でのリモートワークで我慢しろと言われることがなくなるわけだ。

 有給を規定数消化しなければならないという決まりを遵守するため、理由なく有給の申請をしたり仕事に出たがっている部下を無理やり休ませたりしなくてもいいわけだ。


 素晴らしい。地球とはかけ離れた文化を有するこの世界で、唯一手放しで褒めてもいいと思った利点である。


「ええと……何か問題があったゲロか?」

「いえ全然。続きをお願いいたします」

「ゲロ。住居は……多分ここに住んでもらうことになるゲロ」

「分かりました」


 社員寮つきか。あの独房以下の部屋を見るに福利厚生が充実しているとは言い難いが、通勤時間が発生しないのは大きなメリットだ。否やはない。


「給与に関しては……ゲロ……難しいゲロね……。ゲロたちは人間の間に流通している金銭を使用していないゲロ」


 無給労働か……。それはさすがに勘弁してもらいたいところだ。

 うちの会社でも働いた分の給料は支給されていた。課をあずかる者として、残業代もきっちり払うよう上に交渉している。

 給料とは成果に対する対価だ。その境界線を曖昧にすれば求心力は下降の一途を辿る。部下に長く働いてもらうには誤魔化してはならない部分なのだ。


 労働には対価を出す。成果を求めるのであれば、これは絶対に歪めてはならない法則だ。

 

 もっとも――社員が()()で働きたいと申し出た分に関してはその限りではないのだが。


「このダンジョンでは金銭を使用していないとのことですが、金銭を頂いた私が人間の街で物を買う分には問題ないのでしょう?」

「……申し訳ないゲロが、いま外出の許可を与えるのは……難しいゲロね」

 

 駄目か。それとなく逃走経路を視察しておきたかったのだが、そうは問屋が卸さないらしい。軟禁状態は継続、と。

 

 外界との接触を断つことで比較対象を与えず、依存関係の醸成と批判的思考の喪失を促す……企業の常套手段を用いるくらいにはこのダンジョンも組織的戦略が機能しているようだ。


 感心していても埒が明かない。食糧問題が解決されなければ協力以前の問題である。


「それではどういたしましょうか。贅沢は承知なのですが、朝から何も口にしていないのでそろそろ水の一杯くらいは頂きたく……」


 口にしてから思う。果たしてこの世界にはまともな飲料水があるのだろうか。


「それでしたら……ゲロ。どうせワタヌキハジメ様にも触れていただくので、今のうちに許可を与えておくゲロ」


 許可を与える。その意味を問おうとする前にゲロルグさんが胸の辺りに手を掲げ、指先をちょちょいと動かした。

 すると、空間に浮いていた超極薄の電子モニターのようなものが唐突に現れた。ゲロルグさんは、まるで呼吸でもするかのように自然な態度でそれを操作している。


 拡張現実(AR)の仮想情報が実体化しているのか……? 地球でも到達できていない技術だぞ、それは。


「食料品は現物支給ということになりそうでゲロ。その中から好きなものを選ぶゲロ。あっ、高いものはダメでゲロ!」

「…………この中から、ね」


 ゲロルグさんがついっと指を動かすと、モニターが空間を滑って僕の目の前までやってきた。おそるおそる手のひらで受け止め、静止したのを確認してから中身を見る。

 

 見慣れたUIをしていた。すぐに馴染めそうだ。そう感じた。

 それは、例えるならば、飲み屋に置いてあるタッチパネルのメニュー表だった。


 …………胡散臭い世界なのは今更だけど、これはさすがにおかしいだろ。


「これ、なんで当たり前のように日本語とかアラビア数字が使われてるんですか?」

「……? よく分からないゲロが、それは神の御業によって与えられたダンジョンの管理システムゲロ」

「オーケー、神の御業ですね。分かりましたもう何も言いません」


 便利な言葉だ。思考を放棄するにあたりこれほど有用な免罪符はない。ありがたく使わせてもらうことにしよう。

 電化製品がどういう作りなのかを知らずとも、スイッチを押せばその恩恵に与れる。地球でもそうだったのだ。ここでも()()()()()()()と割り切ろう。馬鹿の考え休むに似たりってね。


 意識を切り替える。地球産の食べ物や定食、自作の料理なんかまで並んでいるのも気にしないようにしよう。はいはい神の御業ね。

 指でタッチパネルを操作し、見慣れたメニューの中からドリンクタブを選択。自販機のような画面が出てきたので水をタップ。120P、か。


「Pってなんですか?」

「魔力のポイントゲロ」

「120Pなんですが、これ選択してもいいですか?」

「安いゲロね、どうぞどうぞゲロ」


 言葉は言語ではなく意味そのものが伝わる。これも神の御業だったか。

 まいったなぁ……いよいよ神の存在とやらを否定できなくなってきたよ。


 軽く諦めの念を抱きながら購入のボタンを指で押す。

 ぽん、と。まるで初めからそこにあったかのように、目の前にペットボトル入りの水が現れた。


 見慣れたパッケージをしている。地球でもたまに飲んでいたナショナルブランドのミネラルウォーターそのものだ。手で掴めばペコリと音が鳴り、軽く揺すれば無色透明の液体が容器の中で波を打つ。

 見た目と質感は本物と全く同じだ。中身がどうなのかは不明だが。


「ゲロ……? 見たことのない容れ物ゲロね」

「ううん……これ、ほんとに飲んでも大丈夫なやつですかね」

「ゲロ? 何か問題があるんでゲロか?」

「……いや、生産者表示が有難がられる理由が痛いほど分かっただけですよ」


 躊躇っている時間は無駄だ。僕はさっさとキャップを空けて中身を飲んだ。

 味はない。臭いもない。だが潤う。身体が求めていたものだとはっきり分かる。なんのことはない水そのものだ。


「ほぉー、そうやって飲むんでゲロねぇ」

「ええ、こっちの世界ではメジャーな容れ物なんですよ。ああ、そういえば一つ伺いたいことがありまして」

「なにゲロ?」

「この右上にある数字なのですが」


 僕は宙に浮いているパネルを指で弾いて裏返し、画面右上にある数字を指さした。

 52,469P。そう記載されている。


「さっき水を購入した時にこの数字がちょうど120減ったのですが、これが私に与えられた食費という認識でよろしいですか?」

 

 ペットボトル入りの水一杯が120Pとすると、非常にザル勘定だが1P=1円と考えても問題ない。五万円もあれば暫くは食い繋げる。

 魔力とかいう胡散臭いシロモノを消費することでポンと作り出された食糧という一点が不安だが、そこはもう割り切るしかない。食わなければ死ぬのだ。健康被害を気にしている余裕はない。


「ゲロ……それは……」


 そして余裕がなさそうなのはゲロルグさんも同じようだった。

 両生類の仕種には詳しくない。しかし、その声色には聞き覚えがあった。会社でも何度か聞いたことがある。

 何か都合が良くないことを告げなければならない時の、あの感じだ。


 暫く口をもごもごとさせていたゲロルグさんであったが、やがて観念したかのように喉を鳴らした。小さい声で言う。


「その数字は…………このダンジョンが保有している、魔力の全てを表した数値ゲロ……」


 僕は努めて営業スマイルを維持した。顔が引きつりそうになるのを気合で抑える。


 魔力の全て。ダンジョンとは魔力を集めるシステムのこと。業績不振。その他諸々の情報を加味して仮定する。


 5万強ぽっちしかないこの数字は、ひょっとしたらこのダンジョンの運転資金なのではないか。


 心臓が強く鼓動するのを感じる。

 さきほど、約5万のうち120を使用してしまった。会社の運転資金の0.24%も使用しただと……?

 着服――いや業務上横領……懲戒解雇事由として申し分ないレベルの損害だ。


 いや待て、しかし、だ。先ほどゲロルグさんは言ったぞ。()()と。120Pは安いのだ。ならば問題ない、か?

 疑問は解消しなければならない性分だ。聞きたくないという私情は放置していい理由にはならない。僕は尋ねた。


「つかぬことをお伺いしますが……魔力のポイントが52,469P(ポイント)というのはどのくらいの規模なのでしょうか? できれば他との比較があれば助かるのですが……」


 自棄になったのか、はたまた諦めたのか。

 ゲロルグさんは新たなパネルを呼び出していくつか操作したのち、僕の方へと画面を滑らせた。文字の羅列が現実を突きつけてくる。


「……………………なるほど。ゲロルグさん、一つ質問が」

「……なんでゲロ?」

「この状況を改善したら、僕は元の世界に返してもらえるんですよね?」

「それは保証するゲロ。我らが魔王様の名にかけて」

「そうですか。それを聞けてよかった」


 あえて具体的な達成目標は口にしなかった。今はただ、言質が欲しかったのだ。

 

 聞こえないよう静かにため息を吐く。

 なんだか肩が凝るな。そう考えて、僕は日課のラジオ体操をしていないことに気が付いた。


 ■ダンジョン別保有魔力量一覧

 1.未踏禁域『竜嶽』 翼鱗族 2,165,399,847P

 2.黄金郷パライソ  界霊族 1,264,985,385P

 3.百獣王之剣塚   混獣族  824,685,369P

 4.ガイアント大森林 鋏殻族  261,399,687P

 5.海        海棲族  51,030,696P

 6.荒魂澱城     禍霊族   20,310,870P

 7.湖沼外れの小洞穴 陸匐族    52,469P

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