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現代社畜のダンジョンコンサル  作者: 珍比良


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召喚-アサイン-

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・法律とは一切関係がありません。またハラスメント行為および法律違反を推奨する意図はありませんので予めご了承ください。

 体調不良は甘えだと言われた日から一般的な筋肉トレーニングと入浴後のストレッチ、起床後のラジオ体操を行うことをその日の習慣(ノルマ)にしている。


 社会人とは、とかく円滑な業務の遂行を求められるもの。仕事で待ち合わせの時間を指定されたら数十分程度の余裕を持たせるのは常識だし、不測の事態が発生した際に報連相を行うのは当然のことだ。


 毎朝欠かさず交通機関の乱れがないか確認する。

 悪天候時は万が一に備えて早めに家を出る。

 起床後と出勤前、帰宅後と就寝前は業務メールを確認する。

 よほどの事情がない限り休日出勤に備えて休みの日は予定を開けておく。


 社会人なら当然の嗜みだ。

 全ては円滑な業務遂行のため。ひいては所属する組織に最大限の貢献をもたらすため。


 つまるところ、適度な運動を継続して行い健康を維持することも社会人としての務めの一つである。


「二十八……二十九……三十……」


 とはいえ、翌日の業務に差し障りが出るほど熱を入れては元も子もない。肉体への負担は軽微に留めておく。行うのはあくまで一般的な健康維持のためのトレーニングだ。

 腕立て、腹筋、スクワットそれぞれ三十回を二セット。日課にしているとはいえ、これだけ身体を動かせば軽く汗ばむ。

 軽く息を吐き時計を見る。現在時刻は二十三時。

 うん、今日は三時間しか残業がなかったから随分と時間が余っているな。


 汗を流し疲労を取るために入浴する。その際、トレーニングで負荷をかけた箇所を揉みほぐすことは忘れない。明日の業務に支障をきたしたらことだ。まこと、身体は資本なのである。


 入浴後は入念なストレッチを行う。これももちろん健康維持のためだ。するとしないとでは次の日のパフォーマンスに明らかな差異が生まれる。

 

 学生の頃、一晩寝れば疲労が飛ぶように消えていたのは体育の授業の功績が大きかったのだろう。

 柔軟体操と基礎体力向上のための運動を習慣的に行うことで得られる恩恵は計り知れない。社会人になってから強くそう思う。ゆえにその一端を日常に組み込むのだ。明日もまた万全の状態で仕事をこなすために。


「……っと、そろそろいい時間か」 


 時計をチラと見る。二十三時五十五分。床に就くにはちょうどよい頃合いだ。


 頭の中で明日の流れを思い浮かべる。

 四時半起床。上司と話を合わせるため、二社の新聞にあらかた目を通す。終わり次第、同僚および部下と話を合わせるため、朝のテレビ番組とWEB上のニュースサイトに目を通す。それが終われば朝食を食べる。出勤までの時間で業務に活かせそうな資格の勉強を行う。


 完璧だ。社会人としての日々を過ごすうちに根付いたルーティーン。起床から就寝に至るまで一切の無駄がない。後は流れを乱す要因が発生していないか確認するだけだ。

 グッと伸びをしてからスマホを弄る。新たに届いた業務メールは……なし。念のため迷惑メールフォルダも確認する。新着は、なし。本日予定されているタスクはこれにて完了した。


 これだね。この瞬間が一番『今日も無事に一日が終了した』と実感できる。タイムカードを切っても切らなかった緊張の糸を、いよいよもって緩ませる瞬間だ。筆舌に尽くしがたい心地になるね。


「寝るかぁ」


 呟き、スイッチを押して部屋の電気を消す。真っ暗な部屋でも間取りは頭に入っている。ベッドに向かう足取りは確かなものだ。そのはずなのに――


「っ……?」


 不意に、意識せず、足が止まった。突然、身体が異変を訴えたからだ。

 耳鳴りに似て、しかし異なる感覚が頭部に走る。身に覚えのない奇妙さに僕は思わず頭を押さえた。呻き声が漏れる。


「ぐっ……う……なんだ、これは……?」


 漏れ出た疑問に答えるかのように――頭の中に声が響いた。


『私の声は届いているか? 神によって選ばれし者よ。貴様は私に協力する資格を得た!』


 それは女の声だった。上に立つ者特有の高慢さを隠そうともしない、自分こそが絶対とでも言いたげな――僕が勤めている会社の会長を思い出させる声だ。


 いやそんなことはどうでもいい。僕は現状を冷静に分析した。スマホを持つ手が震える。


 幻聴……? 幻聴だと……?

 まずい。これは一体どういうことだ。

 今年の健康診断はすべての数値を正常値でパスしている。身体のどこにも不調は見当たらなかったはずだ。こと健康管理に関して一切の手抜かりはない。

 最近になって重病でも患ったか……? まさか。栄養バランスを考えた食事を三食きっちり摂っているんだぞ。睡眠時間だって確保してる。人体工学の粋を凝らして作られた高品質低反発ベッドとマットレスでしっかり四時間半寝ているのだ。レム睡眠とノンレム睡眠の周期を考慮した最適な睡眠時間。加えて、会社では休憩時間中に午睡も取っている。残業が発生した場合は効率低下を防ぐために小休止だって挟んでいるのだ。極めつけはさっきまで行っていた継続的なトレーニングである。健康管理に手抜かりは、ない。こんなにも急に体調を崩すなんて、あり得ない。


『……反応がないぞ。おいっ! 本当にこれで協力者を召喚できるんだろうな!? 失敗したでは済まされんぞッ!』


 僕の否定とは裏腹に頭の中の幻聴が響きを増す。

 耳で――鼓膜で感知するのとはまるで違う。脳にスピーカーを埋め込まれているかのような感覚だった。否応なしに声が垂れ流される。


『……もういい。前置きなどやめだ! たとえどんなやつが来ようとも私が力で従えてみせる。来いッ! 協力者よ!』


 頭に響く声の圧が膨れ上がる。瞬間、明かりを消したばかりで真っ暗な部屋に目も眩むほどの光が発生した。

 部屋の照明とは比べものにならない光だ。思わず腕で目元を覆い――そして見た。


 床だ。僕の足元から光が発生している。

 何かしらの意味を持つ紋様なのか、それともどこかの国の言語なのかは判然としないが、一定の法則性のもとに描かれたと思われる光の文字が足元に広がっていた。その中心に、僕がいる。


『ほう! どうやら、成功したようじゃないか。さすがは神の御業といったところか。では……協力者とやらの顔を拝むとしようか』 


 不可思議な事態は僕を置き去りにして勝手に進んでいく。

 床に広がる紋様の光が明滅を開始した。まるで部屋に広がった光を回収しているかのようだ。そんな感想を抱いた次の瞬間、身体の力が不自然に抜けていく。身体を支える膝が折れ、前のめりに倒れ込み、反射的に手のひらを床につく。

 光の紋様に吸い込まれる。そんな感触だった。

 まずいな。僕は焦った。

 

「幻覚に、めまいだって……?」


 そんな馬鹿な。異常だ。普通じゃない。こんなにも強烈な体調不良は生涯で経験したことがないぞ。子供の頃に罹った高熱も兆候らしきものがあった。今回は、それがない。


 原因はなんだ。疲労、か?

 まさか。僕が管理している課は残業時間含め過労死ラインを越えないよう密に調整している。今朝も、今夜も、体調には一切の陰りがなかった。徹夜だってこなせるコンディションだったのだ。疲労で倒れ込むなどあり得ない。


 ……駄目だ。分からない。なら考えるな。分からないことは考えなくていい。仕事でもそうだ。分かる人間に聞けばいい。


「救、急車を……」


 床に落としたスマホを手に取る。サイドボタンを長押しすれば緊急通報の画面が表示された。タップとフリック操作を行い発報を行う。


 コール音を聞きながらその後のことを考える。

 上司に連絡を入れなければ。その後に部下へメッセージを送らなければならない。僕が現場へ復帰するまでの段取りと緊急性の高い用件の引き継ぎ、あとは――――


『さあ、姿を見せろ! 類稀(たぐいまれ)なる才を有する強者よ!』 


 部屋に満ちる光が一際強く輝いた。そして、僕の意識はぷつりと飛んだ。


 ◇


「人間……? 人間だと!? どういうことだ! なぜ協力者として()なんかが召喚されているッ!」


 十分な睡眠を取れなかった時の朝方のようにモヤがかかった意識が、鋭い響きの声によって鮮明になっていく。

 やらかした部下を必要以上に叱責するような声だ。今のご時世だとパワハラ扱いは免れないその勢いにつられて目が冴えていく。


「わ、分かりませんゲロ……。ただ、神によって選ばれた協力者であることは紛れもない事実……魔王様、あまり礼を失した物言いは……」

「貧相な格好だ。面構えにも覇気がない。得物の一つも持っていないのか? 魔力もまるで感じない……一体、コイツに何ができるというのだ」


 気付けば僕は立ち尽くしていた。

 軽く視線を巡らせる。

 土色をした飾り気のない壁と床。

 照明が設置されていないのにほんのりと明るい部屋。

 部屋の雰囲気から明らかに浮いている豪奢な玉座。

 そこに腰かける……腰? かける……下半身が蛇の形をした女。

 玉座の横に控える二足立ちのカエル。

 値踏みするようにこちらを睨めつける二足立ちのトカゲ。

 大あくびをしているバカでかい亀。


 なるほど……。そうか、そうか。

 これは夢だな。僕はそう断定した。

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