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黒い影

街から出ると、魔物がいた。

それは黒い影のような見た目だった。


背丈は私の膝丈くらい。

地面に近づくにつれ影が薄くなっているのは、そこが脚だからかもしれない。

四本の脚がにじみ、一様な影のようになっている。


「構えてください」

そうアリサが言った。


私は立ち尽くしていた。そのことに気が付かなかった。

腰元につけていたリボンを引き抜く。

それは鞭のようにしなり、私の足元を叩く。


振ると、リボンが渦を巻く。紅い竜巻きだ。

血のようにも見える。


魔物が一歩下がる。

怖気付いたのではない。飛びかかるためのバネを蓄えているのだと思った。


先手必勝だと、そう考える前に私は走り出していた。

魔物に向かってリボンの先端を飛ばす。

伸ばすのではなく、飛ばすのだとイメージした。


リボンには私の魔力が込められている。

魔力とは意識だ。


私の意識が魔物に向かっていく。

これは意識の戦いだ。

飛びかかられてしまっては、恐怖が私を鈍らせるかもしれない。


太陽が眩しい。緑色の地面は、コンクリートと違って複雑に光を反射する。

風の音が耳障りだ。


リボンの先端が、魔物の足元に叩きつけられた。

当たらなかった。

だが、魔物の一部が弾け飛ぶ。


勝った、と思った。


そのせいで油断が生じたのだろう。

この魔物は決まった形を持たないのだと分かった。


影は、一部が抉れたままの形で、私に向かってくる。

速い。風を切る音が聞こえるほどだ。


思わず目を瞑る。


危険を感じた時、目や耳を塞ぐのは良いアイデアだ。

少なくとも、王宮にいた時はそうだった。

何も聞かない、何も見ないというのは気持ちをコントロールすることでも可能になる。単に感覚器官を塞ぐことだけが、その方法ではない。それによって、陰口や嫌な出来事から目を逸らす。


今は目を瞑っていた。

反射的に、だ。

物理的な恐怖が、王宮での嫌悪感を上回ったのか。

違う。だが、今まで私が慣れ親しんできた恐怖とは種類が異なるのだ。


これまでは、持続的な少しずつ生命力が削られるような恐怖だった。今は瞬間的なものだ。


苦痛に耐え続けた私の経験は、魔物との戦闘では活かせないのかもしれない。

新たな能力が必要だった。


思考が早回しのようだった。

飛びかかられたのだ。衝撃が来るまでほんの数秒ほどだろう。まだ、痛みは感じていない。


足の速さは、命の危険が迫ったからといって、物理的な限界を越えることはない。

けれど、思考の速さには限界はないのかもしれない。走馬灯は、死ぬまでの数瞬の間に人生を振り返るのだという。

魔力で情報を送る時は圧縮して送る。そのデータを読み取るように、人生の全ての記憶が圧縮されたまま理解されるのだろう。


魔物や、アリサにとっての数秒間が、私にとっては数分とか、それ以上に感じられる。思考速度を基準にする時、この世界には客観的な時間というものは存在せず、あるのは主観時間か、あるいは客観的な世界というものも存在しないのかもしれない。


思考に流されて、恐怖が薄れてきた。

ゆっくりと目を開ける。


目の前に、魔物はいなかった。

代わりに、アリサが微笑んでいる。


「魔物はもう倒しましたよリリア様」


アリサの手には銀の指示棒が握られていた。


「君が倒したのか?」

と、聞くまでもないことを聞く。


しかし、アリサはからかうように笑った。

彼女が指差す方を見ると、リボンの先端から、黒い煙のようなものが立ち上っている。

やがてそれは消えた。


「無意識のうちに倒してしまうなんて、さすが私のリリア様ですわ」


アリサの言葉が真実かどうか、私には分からない。

なにせ、彼女は面白いことには目がないのだ。

煙も、魔物の残骸などではなく、彼女が仕掛けたいたずらかもしれなかった。


いずれにせよ、私はもっと強くならなければならないと思った。

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