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街中の王子様

街に出るには、城門を通らなくてはならない。

昼間は開かれた門を通る時、二名の警備員が私を見た。


一瞬、馬鹿にされているのかと思った。

婚約破棄の噂はもう伝わっているだろう。

けれどその目は、憐憫に満ちているように見えた。


「リリア様、街に出るのは久しぶりですね」


そうアリサが言った。


そうだ。もう長いこと外に出ていなかった。

だから、私が関わる人は、王都でも限られた人だけだった。

その中にある価値観も限られていたに違いない。


全ての人が私を馬鹿にするわけではないのだと気がついた。


街は明るかった。

通りに並ぶ露店からは人の話し声が常に聞こえた。

多くは雑談やその日仕入れた品物についての話だった。


「リリア様、気になるものありましたか?」


そうアリサは言うけれど、私にとっては目新しいものばかりで、誰か一つに決める事はできない。

例えば、仕立て屋の入り口にかけられた布は分厚く、複雑な文様が刺繍されている。


あれは何に使うのだろう。

衣服に使うものなのか、それとも壁に飾るものなのか。

そのまま家に掛けておいても、きっと映えるだろう。


歩いて行くと、パン屋が見えた。


「美味しそうですね」


私の心を読んだかのように、アリサが言った。

私は頷く。


美味しそう、と声に出して答えようとしたけれど、掠れてしまった。

心の中に高揚感が生まれているのを意識する。


胸の奥が熱くなった。

魔力が熱を起こすように、意識が体を暖めている。


パン屋に入った。

香ばしい匂いがした。

丸いもの、三角をしたもの、三つ編みのように細長い生地を編み合わせたものなど、様々なパンがあった。


「どれがいいですかね」

などと呟きながら、アリサが迷いなく取っていく。


それを見て、このトレーに乗せるのかと思った。

ザラメのパンがいいと考える。


その時、

「はい、リリア様」

そう言って、アリサが自分のトレーを私に手渡す。

真っ直ぐに両手を伸ばす様子が、いたずらをする子供のようにも見えた。


「君が買うんじゃないのか?」

私は思わず声に出す。というか、もう受け取っていた。


仕方がないな、と思って会計に向かう。

ザラメの事は忘れていた。


パン屋を出ると、アリサに手を引っ張られた。

彼女に従いついていくと、小さな公園が見えた。


噴水なのだろう、水がちょろちょろと流れる池があり、その周りに木製のベンチが並んでいる。


切り株を模した飾りもあった。

アリサがそこに座る。これもベンチなのだなと考えて、私も隣に腰掛けた。


「さ、お昼にしましょう。リリア様、パンを出してください」


言われるがまま紙袋に入ったパンを並べる。

パン屋でもらった白い紙をランチマットのように広げた。


並べてみると、ザラメのパンがあることに気がついた。

それだけじゃない、丸いパン、三角のパン、三つ編みのやつまであった。


どれも私が気になっていたやつだ。


アリサが微笑んでいる。ちょっと嬉しそうだ。

私も嬉しかった。

それと同時に、アリサの思う壺だと、少しだけ悔しかった。


いつもだったら、あれも食べたかったな、などと冗談めかして言うかもしれない。

でもそれも、今日は野暮だと思った。


だから、


「いただきます」


と、少しわざとらしい調子で手を合わせた。


それからも、私たちは街を見てまわった。

アリサはよくここに来ているのか、色々なところを知っていた。

私は街だけじゃなく、アリサについてもあまり知らなかったのだと思った。


夕暮れの気配が漂い始めた頃、アリサが言った。


「そろそろ帰りましょうか」


その言葉を聞いて、私は太ももの筋肉が重くなっていることに気がついた。

アリサの方が私の体のことを理解しているのかもしれない。


アリサはどうなのだろうと思った。私のように疲れているだろうか。

観察してみるが、分からない。


「やだ、照れちゃいますよ」


アリサが笑う。腰をくねくねさせて、面白がっている。

からかわれていた。


「いいから、帰るよ」


私はそう言って、城の方を指差した。


帰り道も、アリサは終始楽しそうだった。

私もだ。

今日はいい日だったと一日を噛み締めていると、心臓が一つ跳ねた。


アイブズだ。


彼の存在を意識する前に、心臓が反応していたのだ。

彼は仕立て屋の前で、店主と思われる女性と話している。

女性は、彼のことを信頼しているようで、表情は柔らかかった。


アイブズの方も、城で会った時とは違って、繊細で思いやりに溢れた美少年という感じだ。


一瞬、騙されそうになった。彼は街の人に対しては良い人なのかもしれない。

でも、だからといって私に対してもそうだとは限らないではないか。あの時の嘲笑が勘違いだったと、決めつけるのはまだ早い。


アリサはアイブズには気づかなかったようだった。

私もその話はしなかった。

彼のことは忘れて、楽しかったことだけを考えた。


門をくぐるとき、アリサが口を開いた。


「王子様の服、似合ってましたね」


「なにがさ」


確かに、王子様と服と私が決めたスーツを着てはいたものの王子らしい出来事は何一つなかった。

アリサは何を言おうとしているのだろう?


そう考えて、気がついた。

街の人は私の格好を自然に受け入れていた。


城の中では、女性の服装はだいたい決まっている。

けれど、街には色々な人がいた。


おしゃれをしている人も、寝起きのような格好で歩いている人も、一人一人が全然違って、同じ人は一人もいなかった。


そんな中では、王子様と私が決めた服装も、特に珍しいものではない。


ならば王子様とはなんだ?

見た目を変えても、私が変化するわけではない。

街の人からも、変わったとは思われないだろう。ただ、今日はそういう服装をしているのだなと、意識にのぼりすらしない感覚を抱かれるだけだ。


「王子様」


そう呟いて、私は胸の奥に眠る聖剣の光に耳をすませた。

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