最初の村
アサテ村は、自然の溢れた村だった。
地面は舗装されておらず、土の踏み固められたところが道になっている。それ以外の部分には背の低い木々や草花が生えていて、昆虫や小動物がちらほらと見える。
「かわいいね」
そう私が言うと、アリサは微笑む。
ふさふさした尻尾のついた小動物が、こちらを見た。
茶色い木の実を両手で持っている。頰が膨らんでいるのは、そこに食物を蓄えているからだろう。
この子はもしかすると、私たちを訪問者として認識しているのかもしれない。人が意識を持つように、動物たちも意識を持つ。彼らが魔法を使えない理由はない気がした。
「今日はここで泊まりますか。それなら宿を探さないといけませんね」
そうアリサが言った。私もそのつもりだったし、これまでの流れからも当然のことだったが、彼女はいつも確認してくれる。彼女といると安心するのはそれも理由だろう。
私はそうだねと返事をした。
どこに泊まるか、そもそも宿があるのだろうかと辺りを探していると、男の子が足元の花を一つちぎり取った。
彼は花弁を逆さにし、裏側から吸いつく。
「あれがこの村の食事なのか?」
「リリア様は子供の頃花の蜜を吸いませんでしたか?」
そんなこと、したことがなかった。プリンセスならするものなのだろうか。王子様なら?
私は男の子の隣に座る。花に手を伸ばした。
男の子が、不思議なものでも見るような目つきで私のことを見ている。気にすることはない。花の蜜を吸うのだ。
ピンクの花を掴む。ちぎろうとしたが、なんだか花がかわいそうな気もする。魔法で蜜を口の中に転移させるほうがいいかとも考えたが、花の構造はよく知らないし、変なものまで口の中に入れてしまっては困る。
何かの幼虫とか。
というか、私は何をしているのだ。不意に我に帰った。
花はもういいいと思い、手を離す。
「アリサ、行くぞ」
何事もなかったかのように言うけれど、わざとらしい響きだ。
しかしアリサはあらあら、とだけいい宿を探し始める。
私は安心したが、男の子が話しかけてきた。
「花、美味しいよ」
そう言って差し出してくるのは、さっき私が採ろうとした花だった。
いやいやと思った。だが、彼の親切を無碍にするわけにもいかない。私は彼からその花を受け取り口につけた。微かに甘く感じた。齧ると苦い。思わず吐き出す。
男の子は笑っていた。アリサもだ。
「リリア様はお優しいですね」
なんて言うが、まあこれはその通りだ。
男の子が目を丸くする。
「お前、さっきからリリア様って呼ばれてるけど、偉い人なのか?」
お前というのはちょっと引っかかったが、私は胸を張って答える。
「お姫様なのさ」
「今は王子様ですけどね」
アリサが余計なことを言うから、男の子はきょとんとしていた。
王子様は目指している最中なのだから、お姫様でもいいだろう。なりたい自分の姿を言って余計に混乱させることもない。
「お姫様なら、強いんだろ?」
男の子は私の言ったお姫様を採用したらしい。
それにしても、彼の中では強さイコール偉さなのだろうか。
「強くなりたいと思っている」
正直に答えた。
「なら、この村の井戸に入るといいよ。僕たちみんな、今の中で勇気を鍛えるんだ」
「井戸? そこに何かあるのか?」
「井戸の中には魔物が出るよ。奥に行くほど危険なんだ。流石にそこまでは行かないけど、中に入ってどれだけ耐えられるかが大事なんだよ」
「リリア様、行きましょう」
アリサが言う。単なる子供の肝試しに参加するのは気が進まなかった。魔物なら街の外にもいる。井戸打ある必要はなかった。
「井戸の中には宝物があるかもしれませんよ」
なぜそんなことが言えるのだろう。誰かが昔落として回収できなくなった宝石があるとでも言うのか? けれど、それだってこの男の子たちに見つけられているはずだ。
「井戸はどこにあるのですか?」
アリサが膝を屈めて訊いている。男の子はこっちだよと言いながら指で方向を指し示す。
アリサに手を引っ張られた。まだ行くと決まったわけじゃないと言いたかったが、彼女の中では決まっているらしい。
井戸は風呂屋の裏側、村の片隅にあった。
覗き込むと、井戸の底から、風とは違う冷気が上がってきたような気がした。




