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1話 始まり


 私の一番古い記憶、それは幼稚園の帰り道、母が私の手を引いて微笑みながら「パパに内緒でドーナツ食べて帰ろうか?」と、いたずらっ子みたいに笑いながら口元にシーっと指をあてる。その言葉に、母との内緒ごとが楽しくて「パパにないしょー」と言って笑いながら飛び跳ねた。


 もう二度と戻る事の出来ないあの幸せな日々、私の大切な思い出も家族も、何もかも…真っ赤に塗りつぶされた。




頬を伝う涙にパチリと目が覚める。昔の夢を見て泣いていたらしい。


「はぁ…」


 深いため息をついて布団から体を起こす。昨日、干したばかりの布団はお日様の匂いが消え失せている。母の夢を見れて嬉しい反面、何とも言えない孤独と寂しさが胸の内に渦巻く、目覚めが良いとは言えないな…。そんな事を考えながら立ち上がろうとすると


「うぅ~」と布団の中から声が聞こえて中をのぞけば、想像通り真っ白の毛並みの狐がふさふさの大きな尻尾に自分の顔を埋めて眠っていた。


 モフモフしたい…。しかし安眠を妨害すると激怒されるので、モフりたい衝動を堪える。この子の名前は白月はくげつと言う。


涼音すずね…寒いから布団降ろして…むにゃ…」


 顔を尻尾にうずめたまま起きる気のない白に「ハイハイ」と生返事をして布団を下ろすと、「よっこらせ」とおばあちゃんみたいな声を出して立ち上がる。 ちょっと起きるには早いけど、目が覚めてしまったのだから朝食の準備に取り掛かろう。


 白が寝ているので布団はそのままに、古びた畳を踏みしめながらあくびをして襖を開ける。建付けが悪いので少々力がいるこの襖は、年季が入りすぎて茶色く変色している。買い替えないとなーと思うが、毎度思うだけで今日も直ぐに頭から消え失せる。


 ギシギシと音を立てる板の間の廊下を進めば、廊下の梁にかけてる振り子時計が5時35分を指している。やはり早すぎた。そう思っていると足元をふわりとした何かがいくつも通り過ぎていく、素足なのでくすぐったいが足踏みをすると踏みつぶしてしまうので何とかとどまる。


「涼音!」「涼音!」「今日早い!」「ごはん早い!」足元から可愛らしい声がいくつも響く、足元を見れば白いウサギのしっぽのようなふわふわのまるい生き物が私の足でぴょんぴょんはねている。この生き物たちはケサランパサランだ。人の世では未確認生物だとか幸運の生物とか色々と言われているらしいが、私から言わせれば可愛いだけの生き物だ。特に何をするわけでもなく、害もなければ、益もない。しかし、ふわふわとして可愛いので愛玩動物よろしく、ペット待遇でお世話している次第である。


「はいはい。あんまりチョロチョロされると踏みつぶしちゃうから、ご飯できるまで大人しくしてて」


「「「「はーい」」」」


 素直でかわいいモフじゃないケサランパサラン達は、すすすすっと滑るように居間へと入って行った。それを見送り洗面台へ向かうと真鍮製の蛇口をひねる。キンキンに冷えた水が勢いよく流れだす。それで顔を洗うと目が覚めるのだが、あまりの冷たさに叫びたくなる。何故ここの水はこんなに冷たいのか謎だ。現世のようにお湯が出ればよいのだが、井戸じゃないだけだけましなのだから仕方ない。


 手際よく顔を拭いて、花さん特性の化粧水と乳液をで肌を整える。現世かぶれのお花と呼ばれるほど、お花さんは現世の美容通なのだ。なんやかんや、言われてはいるが花街の女郎達にも大変人気でタイミングが悪いと売り切れてる事もあるくらいだ。


 そんな事を考えながら、キッチンと言うには古すぎる昭和の香り漂う台所に立てば、冷蔵庫から食パンの袋を取り出すと早速2枚焼き始める。そして、ケサランパサラン達のための朝食用でふかし芋を作る為、サツマイモを半分に切って蒸し器に入れて電子レンジにセットする。電子レンジは何でもできて本当に偉大だ。


 パンだけじゃ物足りないから、スクランブルエッグでも作ろうかと思っていると、庭の方からよく知った気配を感じる。これは、もう2枚パンを追加かなー。冷蔵庫を開けて再びパンを出し、ついでに卵を取り出していると、ガラリと玄関の開く音がする。そして、ドタドタと足音をたてて入って来た。


「玄関の鍵くらいかけろ涼音!不用心すぎる!お前は女だろ!」


 そう怒鳴りながら入って来た男はカラス天狗、と言っても見た目は普通の人間の男性だが背中には黒い大きな羽を背負っている。そして山伏のような衣装と、腰には天狗の面がくくられている。190センチと人であれば長身なのだが、最近色気に目覚めたのかワックスなんぞ使って髪を今時風にセットしている。そんなご自慢の頭を下げて、低すぎるキッチンの入り口を潜り抜けてくるその顔は怒りに満ちている。


「そんな心配いらないでしょ、盗まれるような高価なものはこの家にはないよ。

大体結界が貼ってあるし、悪意を持った者は入ってこれないから心配いらないし」


「悪意のある者だけがお前に手を出すとは限らんだろ!」


「…?なにそれ、なぞなぞ?」「違う!!」


すぐさま突っ込みを入れてくる風雪ふうせつは、あぁーもう!っと頭を抱えている。


「ところで、今日はずいぶん早いじゃない?なんかあった?」


 いつもなら7時ごろに現れて我が家で朝食を食べるこのカラス天狗の風雪が、こんなに早く家に来るという事は何か用事があっての事だろう。


フライパンを火にかけながらそう問えば「そうだった!」と風雪が顔をあげる。


「獄叡山の赤鬼組の組頭の五男坊が、現世の払い屋に目にもの見せてやる!って、現世に行っちまったらしいんだ。連れ戻すために組頭が手下連れて現世に行こうとしていて、いま青鬼組の奴らと兄天狗達が大鳥居で食い止めてるんだ。頼む涼音!今すぐ俺と一緒に来てくれ!」


そう言って両手を合わせる風雪を横目に、盛大な溜息をついてコンロの火を消した。


「朝っぱらからなんて迷惑な…」そう言うと同時にチーンとパンの焼けた音を知らせる音が響いた。




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