2:幼馴染に連れ出されました
「美形って世間でもてはやされて、人生勝ち組!みたいに言われるけど、お前見てると不憫でならんなあ」
富良野に向かう452号線を慣れた手つきで運転する幼馴染は、本当に心の底から不憫でならん。と大きくため息をついた。
うねうねと続く上り下りの山道を、かなりの高速で走行しているというのに、危機感は不思議と感じない。周囲は若葉の茂る木々が連なり、やっと楽に息がつける気がするし、運転席の男は今世で暁が唯一気を許している相手だからかもしれない。
真行寺 翠月。
行き場のない暁を18歳まで保護し育ててくれた、真行寺の住職の跡取り長男は、人のことを良く言うな。と言いたくなる、整った顔で皮肉に笑った。
「人のことは言えないだろう。スイ」
二人の間だけの通称でその名を呼ぶ。
「アキには負けるよ」
スイも同じく、暁の呼び名と彼が定めた愛称「アキ」で自分を呼ぶ。
「顔隠すために前髪長めのツーブロックにしてんのに、まったくの無効だよな。『髪をかき上げる姿が尊い』って騒がれてるの知ってる?さらさらの黒髪の下の切れ長の目がたまらんらしいぞ」
「知らん」
「顔は綺麗すぎるくらい綺麗で、長身の姿はモデル並み、足は長いし手は綺麗。神が生み出したこの世の至宝、奇跡の無敵美形様は、絶対零度の鉄仮面で、表情筋が生まれつき備わってなくて、その顔を直視した純真な子供は恐怖の大王に会ったがごとく大泣き―」
「悪口になってきたな」
「俺はお前の行く末が心配なの」
少し癖のある、生まれつきの茶色い髪をガシガシと搔き乱しながら、スイはこの日一番の大きなため息を吐き出した。
「転生するたび『徳』を稼ぎすぎたんじゃないのか?神様仏様のギフト貰いすぎなんだよお前は」
話は2時間前にさかのぼる。
◇ ◇ ◇
呼び出し音の設定はデフォルトのままだが、暁の携帯電話番号を知っている人間は少数で、更にかけてくる人間もほぼ一人に絞れるので、相手の表示を見なくても誰からの電話かはわかる。
『この時間にでるなんて珍しいな』
最初の一言からこれだ。
「ならなんでかけてきた、スイ?」
『アキが呼んでる気がしてな?どうよ、生きてる?』
「さっき仕事クビになったが、生きてるよ」
『いつものパターンか?今回は・・・男か?!』
数名でお前の取り合いにでも発展したか?と、面白可笑しく茶化してくる相手に、暁は簡素に答えた。
「女、単独」
『へ~つまらんけど、まあ、いいや。じゃあ、タイミングいいな』
仕事をクビになったばかりの相手にタイミングが良いとは、仕事の話でもあるのか?
尋ねた暁に、スイはこう続けた。
『これから一緒に富良野に泊まりに行くぞ。お前に見せたいものがある』
「確かに時間はできたが、オレは金ないぞ」
「『お寺の跡取りである、わたくしの奢りですとも』」
携帯からとは別に、右後方から聞こえたスイの声に振り向くと、そこには彼の愛車である黒いホンダ・ヴェゼルが横付けされていて、助手席のウィンドウが開いた先に、しばらくぶりに顔を合わせる幼馴染がいた。
「オレが呼んでる気がしたとは、よく言ったもんだ」
「迎えに来たのは確かだよ。連絡する前に見つかるとは思わんかったがな。さすがの俺様だろ?」
にやりと笑う男くさい顔に、珍しく口の端が僅かに上がるのを感じながら、暁が助手席に乗り込むと、それに気づいたスイが更に大きく笑った。
「アキにしたら最上の笑顔だな」
ミリ単位でかすかに上がる口の端が「最上の笑顔」であるらしいが、たったそれだけでも、見せるのはスイだけである。彼は何しろ、暁の「唯一」の人間であるから。
「で、何で富良野に泊まりなんだ?」
「扉・・・異世界への『ゲート』があるとか?って檀家さんに聞いてさ。宿泊者しか入れないから、泊まるしかないだろ?お前が探してる、『初回の記憶』のヒントになったらな~とね」
その檀家さんは何者だ?
幼い頃、ひょんなことから、今の自分に生まれる前の記憶があることを、暁はスイに知られた。
最初はほんの少し、歳を重ねる毎に「あの話さ」と聞いてくるスイに、聞かれるままに返答していた。どうせ信じることはないだろうし、ありえない妄想と、そのうち飽きて忘れるだろうと思っていた暁の予想の斜め上を行ったスイは、暁が転生を繰り返ししてることを、すんなり受け入れてしまった。
暁から見ても、スイの達観具合は幼い時から凄かった。
小学校1年生の夢として「坊主になって修行して神様に会う」と書初めに記した男だけのことはある。
坊主になるのに仏様を飛ばして、『神様』ってところが、スイがスイたる所以だろう。
◇ ◇ ◇
「あ、この曲。好きなんだ、俺」
スイはカーラジオの音量を上げた。
魂は枯れない
誰を生きればいいのかわからなくとも
いまをいきる時は儚く
いまをいきる全て尊い
この歌は、この歌詞は・・・なんだか、なんというか・・・頭の片隅でなにかが反応した気がした。
「お前も、尊いよ」
まぶしい光を見るような目で、スイがちらりと自分を見てくるのを、我知らずかわす。
「そろそろ人里だな。どこまで行くんだ?」
「もう少しで国道に出るから、北の峰の手前で右折して、すぐの山裾だ」
「富良野市街じゃないんだな?」
「うん。山ってか、森のなか。らしい」
俺も初めていくんだよ。と言って笑ったスイの顔は、なぜだろう・・・どこかで、昔?見たことがある気がした。