33:幻夢の木
塔の上のラプンツェル。というお話が前の世界であった。
外界と完全に遮断され、外界との交流を絶たれている、今の自分が置かれている状況は、アレに近いと暁は思う。
あのお話は、自分の利益のために魔女がラプンツェルを塔に閉じ込めていた。
竜たちは自分を守るために、断崖絶壁の赤の宮に閉じ込めているのはわかる。
わかるが、それでも限界ってものがあるだろう?
竜たちの過保護な執着は、もう凄いとしかいえない。
赤の宮の内部は自由に動く事は出来るが、外には出して貰えなし、出方がわからない。
「何処の深窓の姫扱いだ?」息が詰まる。と赤白青の竜達に問いただしたら「そんなものとは比べ物にならない大切な宝物だ」と諭され撃沈。
未だ思い出せないはじめの記憶の糸口を求め、世界を知りたいと希望した暁に、蘇芳は赤の宮の蔵書部屋を開放してくれた。
この世界に在った時の記憶は無くとも、文字は覚えていた。記憶と知識は違うらしい。
連日連夜ひたすらに歴史書を読み耽る暁の、膝の上には幸せそうに笑う瑠璃がいる。
それか定番となった日々を送っていた暁だったが、ある日、目を通していた本にページを捲る手が止まった。
「この木………」
そのページには、ゲートをくぐる時に見た、白い幹に八重咲の桜に似た藤色の花を咲かせる、あの木に良く似た挿絵が描かれていた。
「アカツキ。幻夢の木が気になるのか?」
本を持つ腕の中からひょこっと顔を出した瑠璃が、挿絵を覗き込んで言った。
「この木、幻夢の木って言うのか?」
「うん」
瑠璃が暁を見上げて笑う 。
その顔が本当に可愛らしくて額を撫でてやると、気持ち良いそうに目を細めた。
「この木の花ーーー藤色か?」
「フジってなにか分からないけど、白い幹に淡い紫色の花が一年中咲いてる。綺麗な木だぞ」
やっぱり、あの時見た木だ。
「おれは、ここで生まれたんだ」
瑠璃のその言葉に、暁は、目を見開いた。
「瑠璃が、生まれた場所?」
「そうだ。おれはこの木の元で生まれた」
誇り高い顔で嬉しそうに瑠璃が言う。
「黒い竜はこの木を生涯掛けて守る。それが約束なんだ」
「約束っていったい何の?」
「誰との何の約束かはわからないが、生まれたときから知っていて、破ってはいけない。黒い竜の掟だ。黒い竜は、命を懸けて幻夢の木を必ず守るんだ!」
さあぁっと、頭の中を、その言葉がクリアにしていく。
幻夢の木。
白い幹に藤色の八重の花弁。
風に舞う花びら。
まるで、幻靄の朝湯気のような美しい姿に、言葉が、零れた。
この木を、自分と想って、守って欲しい。と。
「ーーーアカツキ?」
瑠璃の呼ぶ声に、何処かに持っていかれた意識が現実に戻る。
「ーーーここに、行きたい。な」
行きたい。
行って、この木の幹に枝に花に、触れたい。
ぽつりと、瑠璃の顔に一粒の雫が落ちた。
洞窟とはいえ、人工的に宮殿仕様に加工された屋内だ。水漏れなどしようもないはず。とぼんやり思っていた暁の顔に、瑠璃の小さな両手が伸びた。
「………泣くな、アカツキ」
「え?」
自分が、泣いているだと?
まさかの思いで頬に手をやると、両目からとめどなく雫が零れ落ちている。
「なんだ、これーーー」
泣くってなんだ?
こんなのは知らない。
だけれども、両目から零れ落ちてくる涙が止まらない。
ぎゅうっと、瑠璃が首元に抱きついてきた。
「アカツキ、おれ、どうしていいかわかない。泣かないで欲しい。アカツキが泣くと、心臓が痛い」
瑠璃の体温に癒される。
だけど、涙は止まらない。
今まで一度も溢れたことが無く、自分の何処かの貯水池に、99回の転生中ずっと溜め込んでいた「悲しみ」とか「嬉しさ」とかいう名の感情が溢れ決壊したように、暁の涙は、止まらなかった。
誰か、助けて欲しい。
これは、どうしたら、止まるのだ?
どうしたらーーー。
あんまり辛くて目を閉じた。
目を閉じた世界は、真っ暗闇で、それは、いつか見た暗闇と同じ。
暗闇に金の光が2つ灯る。
小さな光だ。
いや、違う。
それは、光ではない。
あれは、縦に割れた瞳孔。
金色のはじめの竜の両眼が暁を射ていた。




