32:新しい日常
赤竜の宮での生活は平穏そのもの。
今までの、転生人生の中でも、こんなに平穏な毎日を過ごしたことはなく、こんなに穏やかな気持ちで日々居られることも、なかった。
いつも「いつ黒い竜が現れて死がやってくるのか」という意識が常に頭の中にあって、自分以外の人間との関係性を築くことなど考えたこともなかった。何故なら、無駄だからだ。
どうせ、どの世でもどの人生でも、早晩に自分は死んでしまうから。
誰かの記憶に等、残りたくもないし、残したくもなかった。
しかし、ここにきて、それが一変してしまった。
何なら、一番はじめの人生を過ごした世界であり、今までの99回の転生人生の総決算ともいえる程に、死亡率が危機的に高く、自分の命を狙うものの数なんてどんだけいるかわからない。だというのに、暁の心は凪いでいた。
ここには、守ってくれるものがいる。
今までの転生人生の中にそんな存在が居たことはなく、戸惑うことは多い。
だけれども、心が、自分にはないと思っていた、心というものが、すこし、ほんの少しではあるが、あったかく、感じるのだ。
そりゃあ、何故かと聞きたくなる程、毎日滂沱に泣かれ、気が付けば誰かの膝の上に置かれ、寝て起きると100%に近い確率で誰かの腕の中だ。
誰か。とは、竜である。
青と赤と白とちびっこの黒い竜が、入れ代わり立ち代わり、日によっては全員で、寄ってたかって自分を取り合う。
そんな毎日が、うざったくて、愛しいと、そんなことを考えてしまうほどに、暁の中で何かが変わり始めていた。
・・・
今日の目覚めも寒さ知らず。
薄く目を開いた先に見えたのは、精悍な顔に今は閉じられたままの空を映したスカイブルーの瞳を持つ青い竜。
今日もソウか・・・。とぼんやりと思うが、肩口に乗った腕の重みは一人分ではないと感じ、首だけ背後に向けると、そこには長い白髪が見えた、ハクだ・・・。リトマス試験紙のように、暁の顔に朱が入る。
あの一件以来、苦手というか、反射的に恥ずかしいが先に立つ。
以前の自分はこんなではなく、感情なんてものを感じることはなく、突然抱き着かれてキスされることだって、なかったわけではない。ただ「何をする」と思うのみで、冷たく相手を睨みつければ、相手は顔を青くして去って行った。
だが、今はどうだ?
こんな感情は手に余る。どうしたらよいのだろう。
二人の大男の腕の中で身じろぐことも出来ずに、暁はそんなことを考えていた。
しかし、この安定の全裸族だけは、なにか対策を考えたい。
彼らは裸体に対しての羞恥心というものが欠如している。何度も話し合いを重ねたが、いつも最後に言われることは「気になるならお前も裸になれば気にならなくなるのでは?」という、解決策にもならない意見のみ。
もう、諦めるしかないのだろうか?
「・・・う・・ん。起きたかアカツキ」
薄く開いたスカイブルーの瞳がだんだんと大きく開き、暁を認識するなり幸せそうに優しく笑んだ。
「昨日ぶりだな、ソウ」
連続で寝床に入られると、他の竜が大騒ぎし、怪獣戦争がおこり。最後に赫羅が火を噴く。
その一連の流れを想像し、暁は憮然とソウを睨みつけた。
「今日は、不本意だが白も一緒だからな、2対1で分が悪い赤は、かかってこんだろう」
まだ早いからもうちょっと眠れ。とぎゅうっと腕の中に抱き込まれる。
慣れとは恐ろしいものだ。ソウの腕の中はあったかくて安心で、目が覚めていたはずなのに、瞼が落ちてくるようだ。
微睡みに落ちそうになった暁を、今度は後ろから引き取るようにハクが抱き締めてくる。
「この前も言いましたが、二晩連続は掟破りですよ、青竜。とっとと青の宮にお帰り下さい。アカツキには今日一日、私が付きますから」
「お前こそとっとと帰れ。仕事溜まってんだろ?」
「違うものが溜まってます。ですので、今日は一日アカツキと過ごすと決めてます」
朝からそういう話題はやめて頂きたい。
見た目一番爽やかで、穏やかで、優しそうな白い竜様は、意外にど直球にそんなことを言ってくれるので、更に顔が赤くなってくるのを止めようがない。
こんな駆け引きなんて、今までの転生人生で対応したことがないので、暁はどうかわして良いのかまったくわからないのだ。
もうこうなったら、前の世界で学んだ大岡裁判だ。
ぎゅうぎゅうと前から後ろから暁の取り合いをされているので、一声上げて、手を放してた方が本物のおっかさんだ!
暁に至っては、対応しきれない事態と寝起きの回らない頭のせいで、思考がショートしていることを自分自身気付いていなかった。
「うるさいぞ!!白いの青いの!!朝っぱらからなにをしている!!、アカツキ!!朝風呂に行くぞ!!」
蹴破る勢いで扉が開き、赤竜スウが現れた。
今日は神竜三体そろい踏みらしい。
この時点で、今日一日の大騒ぎが目に見えて、暁は最早これまでと、起き上がろうとした。
以前、これと同じ様に朝方3竜が揃ったケースがあった。対応が面倒で寝たふりをしたのだが、あれは最悪の対処法だった。
3竜はお互い奪い合うように暁を抱き上げ、赤竜の宮の海に続く洞窟にある最高の景観の露天風呂に連れていかれ、身ぐるみを3竜がかりではがされた・・・。
同じ轍は二度と踏みたくないので、懸命に起き上がろうとするが、2竜の腕が身体を離してくれない。
「オレは、風呂に行く」
「じゃあ、俺も」
「私も」
「お前らはここで死んでいろ!!」
スウの絶叫の後ろで、様子をうかがう瑠璃の姿だけが、暁の癒しだった。




