31:肋骨がくっつきました
海辺の断崖絶壁を利用した堅牢な赤竜の宮の窓辺で、暁は海を見ていた。
青竜の宮でのあれやこれやから、スウによってこの赤竜の宮に移動したと聞いた。
赤竜の宮は立地条件からも、翼を持つ竜族しか立ち入ることは出来ず、人間は竜に連れて来てもらう他は、赤竜の宮へは足を踏み入れる事すらできない。
アルラキスから狙われている暁を守るには、青竜の宮よりも、この赤竜の宮の方が向いているとの紅白の竜の総意による措置だそうだ。
眼前に広がる海の色は紺碧で、天狼の次元圖書館の窓から見えた海の色を思い出し、暁はあれからここに至るまでの平穏とは言い難い日々を思い出していた。
我ながら、良く乗り切っていると、思う。
大きく溜息をつく暁に気付いてか、暁の「守り番」をはじめの竜達に命ぜられた瑠璃が、膝の上から心配気にその青い目を向けた。
「どうしたアカツキ、どこか具合が悪いのか?」
瑠璃の言葉にふるふると首を振って、暁は今一番気になる竜の生態について尋ねた。
「竜って・・・みんなあんなに泣くの・・・?」
あぁ~・・・。と、瑠璃の目が遠くなる。
「おれは、違うぞ。あいつらが子供なんだ」
「そうだな。瑠璃は大人だな」
角の間を撫でてやると、喉を鳴らさんばかりに嬉しそうにして、瑠璃は目を瞑って胸にすり寄ってきた。
そう。瑠璃はこんなに小さいのに、中身は大人である。
対して、あの大男達・・・もとい、成竜達は・・・赤ちゃん返りか?と、問いただしたくなる程に、中身が子供だ。
暁は、本日何度目かの、肺の空気を全て吐き出す程の溜息をこぼした。
お陰様で、肋骨骨折はもう完治して痛みはないが、完治の過程を思い出すと・・・いや、思い出したくない・・・。
考えないようにしても、記憶には残っていて、暁は赤面しながら頭を抱えた。
『俺達の愚行を・・・お前は、許してくれるだろうか・・・?』
悲痛な瞳で見上げてくる紅白の竜に暁は頷いた。
「暁」と呼んで欲しいと名乗った時も泣かれたが、その倍位の勢いでおいおい声を上げて泣かれてしまった。
助けを求めて、この場では一番まともと思う赫羅を振り返るが、ここも天を仰いで大泣きだ。
カオス過ぎる空間に暁は耐えることが出来ず、最後の望みの綱である瑠璃を振り返るが、成竜達のあまりにも情けない男泣きな姿に、ドン引きで凍りついている。
暁も正直ドン引きである。
それはもう、肋骨の骨折の痛みを忘れるほどだ。
この事態の収拾は誰がつけるのかと心配になってきたその時、救いの神ではない、お門違いの、地獄の使者が現れてしまった。
「赤!!テメー面倒事を全部俺に振りやがって?!—————」
空中で人型に変化し窓から飛び込んできたソウは、紅白の竜が暁にしがみつき大泣きするカオスな惨状を目にして、憤怒の形相で眉を吊り上げた。
「アカツキを、ふたり占めたあ、どういう了見でえ!!え?!赤!白!!」
江戸っ子が運動会に舞い降りてしまったようです。
そしてこれまた、安定のデフォルト全裸です・・・。
肋骨骨折よりも頭が痛いのは気のせいではないと、本気で思う。
「赫羅も白も気付いたらあんのクソなケンカからずらかりやがって、俺だけ黄とタイマンだぞ!やっとケリつけて宮に帰れば、宮は半壊!アカツキ居ない!なのに神殿のバカどもの後処理が俺に回ってきて!やっとの思いで片付けて来てみれば!これはないだろう!!」
「よく言うな、青いの。アカツキをどんだけ独占してたかアイから聞いてるぞ!一緒に風呂入って、一緒に寝てただと?てめーこそ、どういう了見だ?!」
「それが本当であれば、万死に値しますね。服を着て、出直して来てください。青竜」
「お前にだけは言われたくねえな!白!!」
ハクも現在掛布を体に巻いただけの状態であるから、ソウの言い分は正論である。
紅白の竜にしがみつかれて身動きができない暁に、更にソウまでもが飛びついてきて、ついに痛みのあまり暁は声を上げた。
「っ痛――――――!!」
「「「アカツキ!!」」」
「アカツキ様?!」
この場の唯一の良心持ちであると信じていた赫羅が飛んできて、はじめの竜3体を薙ぎ払った。
助かったと心底思い、やっとゆっくり息をつけた。
「肋骨の固定がズレたかもしれません。痛むとは思いますが固定をし直し―――」
「肋骨って、まさか」
はっとして起き上がったハクが、赫羅をどけて暁の胸に手を置き、瞬時に眉を寄せる。
「骨折してるじゃないか・・・一体何があったんだ?!」
肋骨は骨折しているので触られたら痛むはずなのに、ハクに触れられた箇所から痛みが和らぐ感じがする。
痛みに耐えながらハクの手を見ると、胸に触れている手が発光しているようにぼんやりと光って見えて、暁は顔を上げた。
ハクと目が合う。
彼は暁を安心させるように微笑むと、後ろを振り返り、竜達をギラリと赤く輝く刃の目で睨みつけた。
「何故、黙っていたのですが?肋骨骨折など、息をするのも辛いのに・・・」
そのけが人に抱き着いていた張本人は「可哀そうに」と呟いて、暁に両手を伸ばした。
ハクが柔らかく抱きしめてきて、びっくりどころの話ではない。
骨折の痛みを逃がすため息を吐こうとするも、予想した痛みはやってこず、暁は「あれ?」っと首を傾げた。
ハクが身体に触れていると、痛みが弱まるのは気のせいではない。
「白いのならすぐ直せるのはわかってるが、治療方法が『あれ』だから、許しがたい」
「アカツキがケガをしたとはアイから報告を受けたが、骨折だと?!」
「後から来てがならないでください、青竜。まずは、アカツキの治療が先です。いいですね?二人とも」
言葉尻は怒っているが、ハクの顔が何故か嬉しそうに見える。
にこにこと笑いながらハクはなんでか、暁を抱き上げ膝の上に抱え込んだ。
近付く綺麗な顔。
ハクの赤い瞳の虹彩までが見えるまでに近付いて、「あれ?」と思う間もなく、唇が合わされた。
「へっ――――――?」
何が起きた?
どうして、ハクに―――――キス、されている??
意味が、分からない!?
ぼっ!!と音が鳴るほどに、自分の顔が赤くなっているだろうことに暁は気付く。
全身の血が顔に集まっているように、とんでもなく、顔が熱いのだ。
ソウが大声で何か騒いでいるが、耳には届かない。
こんな経験は今までの99回の転生人生の中で初めてで、どうしてよいかわからない。
とりあえず離れて欲しいと胸を押し返そうとするも、頭を押さえられてかえって抱き込まれ、ハクの舌が上唇に柔らかく触れる。
ゆっくりと唇を開けられて、甘い舌と一緒に、何かが暁に流れ込んでくる。
顔だけが燃えるように熱いかと思っていたら、何かがゆっくりと体に流れていくのがわかる。
それは、全身を流れて、肋骨へ――――骨の折れた箇所に全ての流れが集まってくるのがわかる。
「もういいだろう!白いの!!いい加減離れろ!!治癒と言っても、妬けるもん妬ける!!」
べりっ!と音がするほどの勢いで、暁をはぎ取ると、スウが暁を抱き込みハクを睨みつけた。
睨みつけられた方のハクはと言えば、とんでもなく幸せそうに笑って「このまま死ねる」と倒れこんだ。
「「「「死んでしまえ!!」」」」
スウとソウと瑠璃。更に赫羅の声が揃って同じことを叫んだのを聞きながら、あまりの事態に頭がショートした暁は、そのまま意識を手放した。
肋骨はこの時にくっついたとは、目を覚ました時に悔し気なスウが教えてくれた。




