30:竜たちの懺悔
地獄の乙女。凄い二つ名がハクの口から飛び出した。
恐らく、光の聖女とやらを指しているのはなんとなくわかるが・・・。その二つ名は凄いと思う。
と、ここまで考えて暁は思いだしたことがある。
ソウが、光の聖女のことを「世界で一番大っ嫌い」と言っていた事だ。
そもそも聖女って、前の世界の宗教的なものでいけば神に殉教し神の言葉を聞く人とかってイメージで、スイに読まされたラノベなんかでは世界を救う癒しの力を持っている聖なる乙女的なイメージの女の子で、テンプレヒロインではないのか?この世界ではそうではないのか?
だのに、地獄の乙女って・・・対極にもほどがあると思う。
見るからに冷静沈着そうなハクのその発言に、スウが苦笑をこぼし彼の肩を抱いた。
「お前は、頑張った。えらいぞ、白いの。よくぞ今まであの面倒な女の相手をこなし、本神殿に身を置いてくれた」
「そうですよ!!すべては、宵姫———アカツキの為!!でなければ、あんな地獄の申し子の側になど、同じ空気を吸うのも耐え難かった・・・!!」
「おぁっ―――?!」
光の聖女の二つ名がもうひとつ増えた。「地獄の申し子」とはますます酷いと思った瞬間、再びがっしりとハクに腰に抱き着かれて、驚きに両手を上げてしまう。
見た目青年期の怜悧な美貌の白竜にわんわん泣きつかれて、最早どうしてよいかすらわからない。
学者っぽい雰囲気で口数も少なそうな物静かな大人な見た目に反して、中身は子供の姿のスウよりも幼なさをに感じる。
暁はそろりと手を伸ばし、彼の雪の様な白い髪を宥めるように撫でた。
すると、ハクはピクリと身じろぎとろけるような眼を暁に向け、そのまますりっと、暁の腰に顔を擦り付け伏せた。
スウが諦めたように口を開いた。
「今回はさすがに譲ろう。アカツキ、悪いがそのまま慰めてやってくれるか?白いのは、本当に我慢して頑張ってくれてたんだ」
「我慢って、光の聖女って一体何者なんだ・・・?この世界で必要な、聖人みたいな人ではないのか?」
「あれは・・・聖人とは違う・・・欲の塊だ。アカツキの話は聞けたから、こちらの話もしようか―――」
少し長くなるぞ。とスウとハクが顔を見合わせて頷いた。
一番星がこの世界を去ったのち、竜たちから光は消えてしまった。
世界を守る理の元に生まれ生き続けなければいけないはじめの竜たちであっても、人と同じく、光は必要だ。
黒い竜はそのすべてに背を背けすべてを放棄し、彼の領域たる闇の世界に身を浸し、そのまま姿を消してしまった。
残った5竜はそれぞれの領域に身を置き、大切な一番星を失った喪失感を常に抱きながらも、竜神として世界を見守った。
それが、一番星の願いであり、一番星との約束だったから。
一番星は最後の時に約束をしてくれた。
世界の理を守り、世界を守っていてくれたら、必ず、また逢えると。
必ず戻ると、そう約束をした。
約束を守っていれば、彼の人は必ず、またこの世界に戻ってくる。
その思いひとつが竜たちを世界で生き続けさせた。
そうして何百年かが経った頃、世界に一人の女児が生まれた。
創主の光を纏い、世界にただ一人持つことが許された、光が透ける銀糸の髪に、太古の海の青を映した瞳を持った、美しいその姿。
竜達も人々も、世界に生きる全ての生き物たちが皆、歓喜に湧き立った。
一番星が世界に戻ったと、世界に光が戻ったと・・・。
はじめの竜5人は、彼の人に祝福を与え、彼らのすべてをこの生まれたばかりの女児に捧げると誓った。
「それが俺たちの最大の愚行だったと気付いたのは―――数年後だ」
もう、遅かったがな。とスウが表情を陰らせた。
アルラキスは生まれた場所からすぐに両親とともに本神殿へと移され、神殿の奥深く、神官と神女により大切に育てられた。
微笑ひとつで人々に光を与える。と言われたアルラキスの周囲で、何かが変わりだしたのはいつの頃からだったか?
最初に変調を兆したのは、アルラキスの母親だった。
愛したはずの夫が、異常な愛情を子であるアルラキスに注ぎだし、まだ幼児にしかすぎない我が子に対しありえない愛を求めだしたのだ。母親は半狂乱で夫の命を奪い、言った。
「アルラキスは産んではいけなかった。とな」
スウの言葉はひどく重かった。
「アルラキスは、一番星の姿をした、凶星だった」
その姿を利用し、人々の信仰を利用し、世界に自分の信望者を増やし、その地位を固めた。
はじめの竜を掌握し、世界をその手に握る為。
「恐らく、アルラキスの中には・・・古代に滅んだはずの悪霊の魂が潜んでいるのではないかと、思う。」
スウの言葉にハクの暁の腰を抱いた腕に力が込められた。
「最早滅んで、現代には残っていない古代の悪霊のみが持ちえた禁忌の魅了の能力を、アルラキスは行使することが出来る。誰かれ構わず、周囲の者すべてに行使し続けている。詳しい話は、お前が、お前の心がもう少し安定してから、全部話す。ただひとつ、アルラキスは危険で、魅了の力はそれ以上に危険で、世界の理を覆してしまう。魅了で全てを自分の味方につけて、俺達を世界を統べようとしているんだ。その危険なアルラキスに、俺達は、取り返しのつかないことを、した。生まれたばかりの赤子のアルラキスに、俺達は・・・血の誓いを交わしてしまっている・・・」
血の誓い。
それは、誓いを交わす相手に対し、絶対の服従と献身と守護を誓う――――竜の愛の証。
「血の誓いの縛りから、俺達は、アルラキスを害することが、できない。今となっては、黒いのが引き籠ってくれて本当に良かったと思う・・・。6竜すべての血の誓いを集められたら、アルラキスはこの世界の王に、俺達を統べる者になってしまうからな」
俺達は過ちを起こしてしまった。と、スウが低く呟いた。
刻々と世界を蝕んでいくアルラキスを止めることが出来ない竜神など、笑うしかない状況を自分たちは作ってしまった。
俺達を生んだ創主は、もうこんな世界に振り返ってくれることはない。
一番星は、もう生まれない。
この世界に、一番星は戻ってこない。
この世はもう暗黒だ、光は二度と戻ってこない。
「諦めたよ。全てを・・・でもな、一番星を、お前を、忘れることはできなかった」
血を吐くようにスウが続けて、ハクも小さく頷いていた。
一番星が守護した、守ってほしいと言った世界を守ることだけが、はじめの竜達に残された生きる意味だった。
魔族エリアは赤竜が守ると決めた。
中立エリアと一番星が戻ると伝えた竜の涙は、青竜と緑竜が守ったが、ある時から緑竜は姿を消し、今も所在は明らかになっていない。
神族エリアは黄龍、白竜が取り仕切り、本神殿に住まうアルラキスの監視を行った。
「だが、黄竜は・・・宵姫への恋慕がすぎて光の聖女の傍に近寄りすぎた・・・聖女をアルラキスを見る目が、日に日に変化し、その目は最早、竜神のものではない―――魅了にやられてしまったとしか、もう」
嘆かわしいと唇を噛むハクに、スウは放っておけと投げ捨てた。
「黄いのは・・・愛しの君がお隠れになった直後から、いや、その前から、あの女に変な妖術を掛けられていた」
自業自得だと、スウと赫羅は頷き合った。
「そんな時に、本神殿には珍しく真なる意味での信心が深い、アルラキスの魅了にかかり切っていないまだ若い神官に、創主から、天啓が降りた」
「天狼から?」
「ああ。光が差し示す場所に――――一番星が降りたつ。とな」
「あの地獄の権化は、それを自分に降りた託宣として、大々的に国内全域の神殿に通達を行った、それはもう見事に演じていましたよ・・・大根役者並みにね。皆は騙されて、涙していましたが、私は、すぐに、青竜と赤竜に、これを伝えました」
「それからはお前も身をもって知っているだろう?竜の涙に光の柱が立ち、お前が、アカツキが、俺達のもとに戻ってきてくれた・・・」
スウとハクは顔を上げ手を伸ばし、二人して暁を静かに抱きしめてきた。
「「俺達の愚行を・・・お前は、許してくれるだろうか・・・?」」




