【閑話】一番星とはじめの仔竜達
光が透ける銀糸の髪に、太古の海の青を映した瞳をした、世界で一番美しく綺麗な人。
この世界の神竜として生まれた6竜達ではあるが、まだまだ子供で世界を統べるまで至らない。そんなはじめの6竜の導き手として創主が使わしたのが、一番星だった。
優しくてあったかくて、時には厳しくて。
はじめの6竜だけでなく、世界に生まれたばかりの者たち全てが、一番星を愛した。
一番星は生まれる種族の名付け親となり、一族が増えた者たちはそれぞれに名を名乗りだした。
青、緑、白、黄、赤、黒、と色で呼ばれていたはじめの竜達もいつしかそれぞれ一族からつけられた神名を冠するようになった。
青い竜は、蒼天
緑の竜は、翡翠
白い竜は、白蓮
黄の竜は、黄麟
赤い竜は、蘇芳
黒い竜は、黒羽
「みんな良い名をもらったね」
生まれたばかりの森を抜ける風みたいに綺麗な一番星は、涼やかな声で笑って言った。
「みんなの姿を映す、綺麗な名前だ」
はじめの竜達に神名がついたことを自分の事のようにに喜んでくれるのに、一番星は決して自分の名前を教えてくれなかった。
名前を教えて欲しい。とお願いしたのは、青いのだったと思う。
名前であなたを呼びたいと言ったのは、白いのだったはずだ。
一番星は困ったように淋しげに呟いた。
「私は、新しい世界の神となるものを導くために、天狼ー天に輝くシリウスが使わした、導き手。いずれは、この世界を離れなければならない、この世界に有ってはならぬ存在」
だから。と一番星は続けた。
「名を持つと、この世界のものとなる―――それは禁忌・・・名前は魂に刻み込まれる呪術みたいなものだから」
ここから、自分たちのもとから居なくなってしまうのか?
そう尋ねたのはほかならぬ自分。
一番星は儚く寂しい顔をして目を閉じると、悲しさを振り払う様に小さく笑った。
「名は持てないけれど、みんなの好きな呼び方で呼んでほしい。みんな違っても良いからね」
そんな悲しい事は言わないで欲しかった。
名前を聞いて、名前で呼んで、この世界のものになってほしかった。
でも、その願いは叶わないから、俺たちは、一番星に一番似合うと思う、それぞれの呼び名で一番星を呼ぶようになった。
———黒いのを除いて。
「黒いのは、どうして『愛しの君』に呼び名をつけないんだろう」
6竜はみんなそれぞれに一番星を呼ぶ。だのに、世界に一番はじめに生まれた長兄に当たる黒竜だけは、頑なに一番星の呼び名を定めず、名前を尋ね続けているらしい。
本来ならばもう大きな体を小さな仔竜に変化させて、あたたかな一番星の膝の上でぬくぬくと体を丸め微睡みながら、蘇芳は気になる疑問を問おた。
いつもならば、その膝の上で甘えるのは常に争奪戦で、一緒に生まれた6匹の竜の中で一番体の小さな自分はなかなか勝者になれない。
今日は自分が司る領域を見回ることが選定された日であるが、今日のノルマは比較的近いポイントだった蘇芳は一番乗りに帰着し、一番星の膝上を占有することができたのだ。
今日は良い日だ。
お日様は照っているし、一番星に自分だけが甘えることができる。
自分で尋ねた問いが頭から飛びそうになった時、一番星は苦笑まじりに口を開いた。
「クロウは・・・自分に名前を付けておいて、私が名乗らないのはフェアじゃない。って言っている」
「くろうって、黒いのの名前は『くろばね』で―――――」
あ。と困った顔をした一番星に、気付く。
めったにないことに、一番星は口を滑らしたのだと、これは、誰も知らない秘密なのだと、瞬間わかってしまった。
「・・・愛しの君が、黒いのの名前を、つけたの?」
左手で口を覆う一番星の手を引き、もう一回聞く。
「おしえて」
「う~ん。内緒だよ」
そして、一番星は教えてくれた。
黒いのが最初に竜体として世界に生まれて、それに続き青いの、緑、白、黄、最後に赤の蘇芳が生まれたが、黒いのが生まれた時、あまりの見事な黒い色に「クロウ」と一番星は呟いてしまったそうだ。
クロウとは、彼の国の言葉で「黒よりも黒い色」の意味を持つ言葉だと、一番星が教えてくれた。
「卵から孵った雛が最初に見たものを親と刷り込まれるみたいに、それが自分の名前だと刷り込まれた。と、クロウは言うけど・・・こじつけられた感がないこともないんだよね。でも、その名前は、私だけに呼んで欲しいとかなんとかで、『クロウ』と私だけ呼んでいる」
「黒いのだけ・・・ずるい・・・!」
「はいっ?」
膝の上でじたじた暴れて、グイッと立ち上がり、顔を引っ付けて、懇願する。
「俺にも、愛しの君だけが呼ぶ名前を付けて欲しい!」
「・・・蘇芳は、赤の竜たちがつけてくれた大切な蘇芳って名前があるでしょ?」
「黒いのだけ?なんで、特別なの?俺だって、俺だって・・・」
悔しいと思った。
自分にも、一番星だけに呼んでもらえる、たったひとつの名前が欲しいと思った。
蘇芳って名前は好きだ。
蘇芳は、黒みを帯びた赤紫色の尊い色の事で、自分の竜体の鱗の色と同じ、名前を付けてくれた一族に感謝もしている。
でも・・・とジワリと涙が浮かぶ。
自分だって、一番星の特別に、なりたいのだ。
そんな自分をどう見たのか、一番星はゆったりと背を撫でてくれて、額に小さなキスを落としてくれた。
「スウ」
え?と顔を上げた蘇芳に、一番星はお日様みたいな笑顔をくれた。
「蘇芳の事、今から『スウ』って呼んでいい?」
「すう?」
「うん。スオウのオを取って、スウ。私だけが呼ぶ愛称にしていい?」
スウ。一番星だけが呼ぶ、自分の愛称。
びっくりして目が飛び出る位見開いたら、一番星はくすくす笑った。
「目。飛び出てるよ、スウ」
「———うん!!スウって呼んで!愛しの君だけが呼んで!!」
喜びすぎて、大きな声で叫んでしまった事を、心底、本当に本当に後悔した。
この叫びをあげた辺りで、みんながもう戻ってきていたのだ・・・。
「いいなあ!俺は、俺も、アステルだけが呼ぶ、呼び名が欲しい!!」
「俺にもつけてくれるよね?!」
青いのと緑のが鼓膜を破りそうな大声を上げて飛んでくる。
「————私も、欲しい、です。いいですか、宵姫・・・?」
白いのが空から人型に変化し飛び降りてくると、一番星の足元に跪く。
「僕も!僕にも呼び名を付けて!」
黄いのが、翼を畳み人型になって走り寄ってくる後ろから、文字通り飛んできた黒いのが、眉を寄せ一番星を背中から抱きしめた。
「・・・ほかの竜を甘やかさないでくれ」
「「「「「お前が離れろ!!」」」」」
ひとしきりの騒ぎの後、一番星による6竜の愛称が決定したが、黒だけは「必要ない」とそっぽを向いていた。
黒いのが一人だけ、一番星から真の名前を付けて貰っていることを知ってしまっているが、一番星との約束で、それを公にすることは出来ない。
射殺す眼差しで睨みつける赤竜に気付いてか気付かずか、黒竜は一番星を見つめて穏やかに笑っていた。
その余裕、いつかぶっ潰してやる。と、赤竜はこの時心に誓ったのは言うまでもない。




