1:無職になりました
夏に向かう、北の大地における一番よい季節ともいえる、青葉しげる5月の日、今までの99回の人生で何度も言われるナンバーワンワードと共に、暁は仕事を失った。
『君のその無表情なんとかならんのか?!』
勤め先は、駅前のふわふわパンケーキが売りのカフェ。
孤児で高卒、資格なし。
雇ってもらえる仕事の職種は限られる。飲食店は見た目でだいたい面接が通るので、採用されやすい。
特に、女性客がメインの店ならなおさらだ。
唯一の友達といえる幼馴染が言うには、自分は見目は良いらしく、「愛想笑いさえできれば一財産を築ける」「いっそ芸能界でも目指せば?」などとの助言をもらうこともある。自分的にはそれがなんだというのかと、意味すら分からない。
育ててくれた、自分の名字にもなっている「真行寺」は寺で、不遇な孤児を育ててくれたものの、高校卒業とともに、離れる必要があった。次が詰まっているのだ。一人前になったら自分のことは自分で面倒を見る。それが「真行寺」でのルールだからだ。
雨風をしのげる家と、生きていける程度に食べていく為には金が必要で、金を手に入れるためには働かなくてはいけない。
目の前でぎゃんぎゃん怒っている客と、自分の間に入るスタッフリーダーを見つめて、一つ息をつく。
「申し訳ございません」
我ながら通る声で詫びの言葉を紡ぐが、これが相手の怒りに燃料をくべることになるのも理解はしている。
「悪いと思ってないでしょ?顔色ひとつ変えないで?!」
「大変申し訳ございません!!君も!!もっとちゃんとお詫びして!!」
店によく来るこの女性客は、自分を見つけると何故か理解できないがいつでも声をかけてくる。
声をかけ、わけのわからない話を長々話しかけ、隙あらば、腕を絡めてくる。
今日も来店するなり絡まれ、他の客に提供するため運んでいたパンケーキを、彼女にぶちまけることとあいなった。
「私は常連よ!!ちょと・・・大分・・・!綺麗だからって!!許されると思わないでよ?!このツケはどう払ってくれるのよ!!」
またか。と考える。
よくあるパターンだ。
自分を手に入れようとする輩たちは、どの人生でもみんな同じだ。
何が何でも自分を手に入れようとする。
「対価は等価交換でよろしいですか?」
対価は、少なくても多くてもいけない。貸し借りも言わずもがなだ。
すべてはこの場でゼロとしたい。
「あなたねっ・・・!」
「な・・・何言ってんの、真行寺くん?」
「君のその無表情なんとかならんのか?!」
ついに出てきた店長にバックヤードに引っ張って行かれる。
舞台裏に下がったとたん言い渡されたのは、「今日でクビ」の一言。
ギャルソン風の制服から私服のTシャツジーパンに着替え、ロッカーを片付ける。慣れたくはないが、突然クビになった後の処理はだれよりも早いだろう。
今日のシフトは夜9時の閉店までの予定だったが、現在の時刻は午後2時をちょっと回った位。
くだんの客の横を素通りし、店の玄関から外に出た。
後方から様々な声が聞こえたが最早振り返る気すらない。
見上げた空は青かった。
この世界に、竜は存在しない。
いつもの人生ならば、遅くとも22歳までには竜がやってきて、自分の命も終わるのに、今世の命はいつまで続くのか?
考えたくもない思いが頭をよぎる。
「ここであと何年生きるんだろう・・・」
つぶやいた自分を狙ったかのように、尻ポケットに突っ込んだスマホが鳴った。