27:赤竜がくれた記憶の欠片
蘇芳。
暁にそう呼びかけられて、赤髪の少年は、凍り付いたように動きを止めた。
初めて見る赤髪の少年だ。だというのに、暁は頭で考えるよりも早く「蘇芳」と彼を呼んだ。
彼を止めるには、そう呼ぶしかないことを、知っていたから。
パズルのピースがあるべくところに収まっていく様に、記憶の欠片がひとつまたひとつ、と音を立てて組みあがっていく。
まだ、全部のピースが揃ったわけではない。
だけれども、この赤髪の少年—蘇芳—が『初回の記憶』の欠片を数辺、暁に手渡してくれたのがわかる。
彼の名は、蘇芳。
それは間違っていない。
だが彼は、一見してわかる不貞腐れた、不本意だという顔をして暁を見下ろしてきた。
「名を、呼ばれたのは嬉しいが・・・蘇芳と、呼ぶか・・・」
他ならぬ、お前が・・・。と悲しげな声で赤髪の少年は暁に呟いた。
彼は別に「蘇芳」というその名を嫌っているわけではない。
ただ、違うのだ。彼が呼んで欲しいのは、呼びかけて欲しいのは、彼のただ一人の人だけが使う――――。
「スウは、そんな顔、しないから」
スウ。という愛称。
暁が困ったように小さく笑った。
「スウ」と呼ばれた途端に、破顔一笑した蘇芳は、瞳孔が開いた銀色の竜の目に涙を溜めて、暁を強く抱きしめた。
「・・・思い出して、くれたのか?」
「あの顔・・・は、そこに居るもの全部、皆殺しにする時の顔で―――蘇芳と呼べば、止まる。ことだけは・・・」
「俺が、どうして、そうなるのか、わかるか?」
ぎゅう!っと抱きしめる腕に更に力が込められた。息が苦しくなる程に抱きしめられて、暁は静かに目をつぶった。
「スウは、過保護すぎる・・・」
自分に対して。と言おうとした暁の頬の傷を、スウがべろりと舐めた。
「おまっ!?ソウも、お前も、どうしてすぐ、舐めるんだ――――」
傷がついて血が出ていたとしてもいきなり頬から口元まで舐められて、暁は真っ赤になってスウの体を押し返したが、子供のはずのスウの体はびくともしない。
「っ聞き捨てならん。青いのにいつ舐められた?どこを舐められた?」
羽交い絞めして服をはぎだすスウに、青くなったり赤くなったりする暁を守ろうと、瑠璃は二人の間に無理やり体を突っ込んできた。
「おれの人間に何をする?!手を出すな!」
「うるさい。ちびっ子。こいつは俺のだ」
「なんだとっ?!お前だって子供のくせに!!」
「俺のこの身体は省エネ対策だ」
「何を言っているかわからん!!」
ぎゃいぎゃいと子供と仔竜が口喧嘩を始めるのを良い事に、暁はスウの腕の中からやっとの思いで這い出して柱を寄りかかると息をついた。
やっとのことで人心地ついた暁の前には、アイが膝をつき深々と頭を下げていた。
「此度の件、すべては私の不徳の致すところ・・・アカツキ様にこのような」
「生きてるから、大丈夫。それに―――オレの欲しい・・・鍵の欠片?がちょっとづつ戻ってきてるような気がする。この騒ぎで、それがはっきりしてきて」
自分の初回の人生が、彼らの敬愛する導き手とやらであるらしいことは、アイには伝えることは出来ない。ふんわり、バレている気もするが、嘘も言い続ければ本当になる場合もある。今はまだ、ただの異世界から渡ってきた人間とだけ理解してくれればいい。
ソウは、わかってないように見えて、何か気付いている気がしてならない。
自分に対する立ち居振る舞いが、この全部わかっているらしいスウと、類似点がありすぎるのだ。
スウはどうして最初から自分を見つけたのか?
ソウはどうして最初に気付かなかったのか?
わからないことが多すぎる。
何でこんな面倒な状況に自分を落としてくれたのだろう、あの野郎・・・。
次元圖書館から覗いているであろう彼の人に恨みが募る。
暁はアイの頭をポンポンして、顔を上げさせる。
「ソウも、アイ君もね、オレに色々なものをくれてたんだって、さっき気付いた。アイ君がソウの不在の間ずっと守ってくれてたのも分かってる。詫びてもらうことなんてない。顔上げてくれるか?」
暁の言葉にもアイは首を振った。
「私は何も出来なかったです・・・。瑠璃がいなかったらと考えると恐ろしい・・・、貴方様を失っていたかもしれません――――」
こればっかりはどうしようもないとは思うが、アイの心痛は暁の想像を超えているらしい。
どうやら意識の彼方で聞いたアイ似た声は、本当に彼のものだったんだろう。と暁は思った。
あんなに容赦ない対応を取るほどに、自分の事を大切に思っていてくれた事も、今気付いてしまう。
「このちびっこが頑張らねば、本当に危なかったぞ。責任は取れるのか?」
「ちびっ子言うな!」
瑠璃の首根っこを捕まえていたスウは、アイに瑠璃を投げてよこした。
瑠璃を腕の中に受取り、アイは、スウに視線を移した。
その目が驚愕に見開かれていく。
「本来ならば、この場の全員皆殺しするところだ。『愛しの君』が俺を止めなければな」
竜の気配から、スウが竜であることと、敵ではないことはアイも理解していただろうが、彼の理解はそこまでだったのだろう。
まずは暁の身を確保し、襲撃者を駆逐する。
現場の終息を優先した結果、はじめて目の前の相手の本性に気付きアイは声を無くした。
目の前の赤髪の子供は竜であるが、ただの竜ではない。
それを伝えて良いものかどうか、今の暁には判断がつかなかった。
ここは、青い竜—ソウ―の領域だ。
6竜会議を除き、はじめの竜は自分のテリトリーをまたぎ他の竜のエリアに侵入することは禁忌らしい。
あのすでに黒歴史と化したソウとの二人飲み会で聞いたのだ。
危なっかしくてほおっておけない人間の為に、自分の特性に近い地域に別れ守護するようになったのは、はじめの竜6体が相互干渉を無くすための必要性もあったとかなんとか・・・。
アイは敏い竜だ。
目の前の赤髪の子供が、何であるのかわかってしまったのだろうが、あえてそれを口に出すことはやめた方が良いと暁は判断した。
「あなた・・・様は・・・」
腕の中の瑠璃を抱きつぶす位、腕に力が入ったアイに、瑠璃が「痛い!」と声を上げた。
「お前は的確な指揮をしていたようだが、初動が遅すぎ、対応が甘い。褒められたものではないが、まあ、青いのの危機管理が悪いのが一番の問題だがなぁ」
スウはベランダ手摺の上に飛び上がり腕を組んで皮肉に笑って言った。
「青いのは、俺の味方だし信頼も出来ると考え、我が愛しの君を預けていたが、この状況でここに置くのは最早危険すぎる。あっちはあいつ等がなんとかしているはずだから、アカツキを守る為にも、俺が、連れていく」
スウの体が炎の様な光を発して体が変化していく。
その赤い髪と同じ赤い鱗が全身を覆い、口元には鋭い牙を携えている。
額に他の竜を圧する角を3本冠した、威風堂々とした赤い竜は悠然と笑った。
「後片付けは任せるぞ。文句があるなら、神殿関係者を一掃してから俺の城に来いと青いのに伝えておけ」
今までの転生人生は、99回も闇みたいな黒い竜に殺されてきた。その理由を求めてここまで来たというのに、どうして彼らは・・・竜たちは自分にこんなに優しく、そして守ろうとしてくれるのか?
竜は恐怖の対象だったというのに、どうして?
自分の最初は、どうしてこんなに竜に愛されていたのだろうか?
愛?
愛ってなんだ?
あたたかな温もりが身体を包み、それに溺れるように暁は目を閉じた。




