25:襲撃
それは本当に突然だった。
ドアがノックされたが、その後に扉が開かない。
アイであれば、ノック音と同時に扉が開き「居ますね?!」と所在を確認してくるので、間髪入れず「はい!」と返答せねばならない。
だというのに。
ノックの後に扉は開かない。代わりに誰とも知れない声が扉の向こうから聞こえた。
「アイ様から申し付かって参りました。お顔を見せて頂けますか?」
これは明らかにおかしいと暁は身構え、瑠璃はぴん!と尻尾を立てて暁の前に飛び上がった。
この青の宮でアイと過ごした10数日の中で、彼が彼の代理を暁のもとに寄越したことは無い。
ソウもアイも、頑なに他の竜の目から暁を隠していたからだ。
それが、アイから申し付かっただと?
「ヤバい感じだな」
新月に何か仕掛けてくる。と言っていた、アイの予感は正しかったようだ。
新月は結界が弱まる為、神殿が動くとすれば今夜。と、アイの助言から心積もりはしていた。していたが、こんな宵っぱなに、前の世界でいったら夕方からのゴールデンタイムに仕掛けられるとは思ってもみなかった。
瑠璃が警戒を強め、唸り声を上げた。
「瑠璃?」
「危ない!下がっていろ人間!?」
瑠璃が覇気を強め自らの体と暁を光で包みこんだその瞬間———爆音と炎が扉を粉砕したのが見えた。暁の意識はそこで途切れた。
◇ ◇ ◇
何が起きたのか理解する前に、体の痛みに顔が歪む。
爆風に飛ばされて壁に打ち付けられた瑠璃は、部屋中に溢れる粉塵に咳き込みながら薄く目を開いた。
人間はどこだ?
爆発前に防御壁は展開できたので、直撃を避けれたはずだ。
「————に、人間、どこ、にっ?!・・・アカツキっ!!」
暁は瑠璃から5メートル程離れたベランダの奥で倒れていた。声を張り上げ名前を呼んでも動かない。
当たり前だ、あの爆風をなんの力もない人間の体で受けたのだから。
瑠璃は痛む体を起こし立ち上がり暁の元に向かった。
扉だった場所には、粉塵の中から数人の人影が現れていた。
ローブを纏い杖を構えるもの、両手をかざし光の珠を携え術式を詠唱し荒れた室内を探っているもの・・・。
恐らく魔法使いと魔術師で、結界が弱まったこの日この時を狙い力まかせに扉をぶち壊したのだろう。
魔法陣が展開され始める。
認識障害を消し暁を捕まえるつもりなのだろうが、そんなことはさせないと瑠璃は自分の奥底に眠る彼自身気付いていなかった黒竜の力を練り始めた。
瓦礫を越えて、動かない暁の側に近付き膝をつくと、傷だらけになってしまったその顔に自分の頬を擦り付ける。
息はある。
ほっと息をつくが、瑠璃は暁を守り切れなかった自分に腹の底が燃える程に怒った。
爆発と爆風を完全には防ぎきれなかった。暁がノーダメージのはずがない。
ギリッと牙を噛みしめて侵入者を睨みつける瑠璃の背後を、大きな影が覆った。
成竜が自分を見下ろしている。
それも3体もだ。
新月の夜で目を凝らさないとその色まではわからない。
ただ、自分に威圧をかけ仔竜は引っ込んでろとの侮蔑の意が見て取れる。瑠璃は苦笑いを溢した。
舐められたものだと瑠璃は思う。
あいつらもそうだった。
だけれども、それはアカツキに出会う前の自分だ。
今は、守るべきアカツキががいる。
守るべきものがなく、搾取され続け、利用され続けた・・・長年の憂いはもう自分の中にないことを、瑠璃は今気付いた。
自分は、誇り高い、黒い竜だ。
自分でも気付かなかった今まで積もりに積もった魂の奥底に隠した心の恨みと怒りが、今まさに滲み出てくるのがわかる。
室内を物色していた侵入者達が生存者の気配を追ってバルコニーに出てきた。
「やっと結界を壊せたと思ったら、結界のないそちらにおられるとは、僥倖ですな。渡り人様」
魔法使いの装束を纏った老齢な男が、あと数歩というところまで暁に近付いてきた。
「・・・アカツキに近寄るな!」
「お姿をはっきりと確認することはこの私の力を持ってしても無理だが、これだけの創世神の護法で守られる渡り人様など、文献にも残っていない」
「・・・・・・」
瑠璃に構うことなく暁に手を伸ばそうとする老魔法使いを、彼は冷たく燃える目で睨み据えた。
「それだけに、惜しい。。。」
生贄のすることが。と、その目が言っている。
低くひとこと言い据える老魔法使いの周りを固める魔法使い、魔術師が、杖をあげ、魔法陣を展開し始める。
空間転移させる気だ。
させるわけがないだろうと、瑠璃は口元を歪めた。
「黒き忌み竜よ。後ろにはお前が太刀打ちできないだろう竜族も配置し逃げ場はない。大人しく我らに渡り人様の御身を引き渡せ」
勝ち誇った声で瑠璃に頼むではなく通告する老魔法使いは、にやりと下卑た笑みを浮かべた。
「————殺す」
瑠璃の声が冷たく響いた。
場を圧する、全ての生きとし生きるものを氷柱とし、その心臓を凍らせ止めるような冷たい、声だった。
その声と威圧に、覇気に、人間たちは指一本たりとも動かすことは最早出来なかった。
瑠璃と暁の周囲は取り囲まれている。
前面には魔法使いと魔術師が、後方には成竜が3体。
暁は気を失っており動けない。絶体絶命なのは瑠璃である。
だというのに、この場で一番の優位に、ここで一番の主導権を握っているのもまた、瑠璃であった。
瑠璃が発する恐ろしいまでの覇気に、老魔法使い達は両足を踏みしめその場に立ち続けることだけで精一杯だった。
扉を破り室内に侵入したその時から仔竜の存在は認識していた。だが、たかだか一体の仔竜だ。御すことなど何の手もかからないと楽観していた。
だが、どうだ?
立ち上る覇気がその体を包み込み形をなし、彼らを体が震える程に圧っし、追い込んできた。
目の前の黒き仔竜は、ただの竜ではない。
自分たちでは太刀打ち出来ない恐怖から、老魔法使いはバルコニー前に配置した竜達に救いを求めた。
が、竜達もまた、彼と同じく体を震わせ、眼下の黒き小さな仔竜をを見つめることしか出来ないようだった。
瑠璃の青い目の中に青白き炎が灯る。そしてそれがじわじわと輝きを増し金色へと変化した。
その金色の目で、すうっと竜を見上げた瑠璃に対し、3体の竜は崩れるように地面に膝を突きついにはその頭を垂れた。
「ほう、やるなぁ。ちびっ子」
ふいに聞こえた声は月からの響きを持っていた。
ゆっくりと瑠璃の近くのバルコニーの手すりに降り立った声の主は、赤い燃えるような髪色をした子供だった。
「さすが、黒いのの血統を持つ者だ」
えらいえらい。と手をたたく子供は瑠璃に向けにっこりと笑った。




