24:新月の夜
一人では確実に広すぎる寝台で目を覚ますと、すぐ目の前に体を丸め眠っている瑠璃がいる。
10本目の青い花と共に現れた瑠璃は、あの夜からこうして同じ寝床で暁と眠るようになっていた。
天狼、ソウに続いての、マーキング行動らしい・・・。天狼は置いといてこの世界の竜の常識が、イマイチ理解できない暁ではあったが、瑠璃の体温と規則正しい呼吸音に、我知らず心が和むことは否定できなかった。
ソウはまだこの宮に戻っていない。
瑠璃がここで一緒に過ごすようになってもう4日なので、かれこれもう1週間近く会議は続いているということか?
前の世界で自分が住んでいた国の人間と同じく、竜族は会議が好きな種族なのだろうか。いや、数日共に居ただけで理解できるほどの、あの「鉄火のソウ」がだらだら長引く会議に身を置いていることはあり得ない。
瑠璃が俺の側につきっきりになったのを幸いと、アイは様子を見に顔はだすものの、バタバタと動き回り対応に追われている。
何かが起きていることは確かだ。
その証拠に、「今日は絶対に大人しくしていてください!」と、アイには厳命を受けている。
別に、今までだって、大人しくはしていたのだが。
・・・瑠璃がきてからこっそり庭に出たり、湖に水遊びに行ったり、木に登って森を見渡したりしたのは、確かだが――――小一時間ほどでちゃんとここに戻ってきたではないか。
厳重注意を言い渡されて、我々は子供でもないのにアイは過保護がすぎる。と暁と瑠璃は顔を見合わせたものだ。
でも、それがまずかったらしい。
その度に、自分たちを探しまくっていたらしいアイには「危機感が足りない!」とこってり説教を受けた。「生贄」とか言われてもピンと来ていないことは確かで、大切に守ってくれているらしいアイには申し訳ないことをしている自覚もあり、その場は「すまぬ」と頭を下げたのだが、完全に許して貰えるまでには至らなかった。
昨晩アイから「明日は部屋に監禁です」とのお言葉を言い渡されました。
軟禁。ではなく、監禁。だそうです・・・。
今日は新月で、新月は月の光が一番弱い日であり、竜の結界も少し弱まる日であるとのことで、宮の防御結界も言わずもがならしい。
瑠璃がピクリと身じろぎ薄く青い目を開いて自分を見つけて「人間」と笑った。暁は口端を2ミリ上げその背を撫でてやった。
「おはよう」
部屋に居るしかない日ではあるが、今日はどんな楽しみを与えてくれるのか?
最早この世界でスイと同じくらい大切な存在となってしまった、仔竜。「嬉しい」という感情を自分に与えてくれた瑠璃に暁は優しく声を掛けた。
◇ ◇ ◇
はじめの竜3体と赤の竜族1体による本神殿崩壊の一報は、ここ、青竜神殿にも青竜の居所である青の宮のアイにも届いていた。
6竜会議が行われる度に、荒ぶる竜(青竜ばかりではない)による地獄絵図が繰り広げられることは常であっても、本神殿崩壊に至るまでの事態になったことは、ここ300年程は記憶にも記録にもない。
すでに騒ぎが起こり1週間程経っているものの沈静化には至っておらず、本神殿のある神界南部のベナレス神聖帝国ではそこに住まう人間たちの隣国への避難が進んでいるとのことだ。
この度の事態において、最初に竜体に変化したのは我が長—青竜様であるとのこと。
対したのは黄竜様と白竜様で、2対1の状況から、赤竜様の右腕である赫羅様が我が長の加勢に入り、2対2となり戦況が拡大、悪化したらしい。
赫羅様は自分と同じ考えと自分以上の立場を持つ齢500歳を超える赤の竜族で、はじめの竜6神を除き神竜に一番近い神格を持つ竜でもある。
自分の考えで我が長に組するわけはない。必ず、赤竜様の指示があっての事だろう。
ということは、赤竜様が動いたということだ。
星の君—導き手様—がこの世界からお隠れになったその時より、黒竜様はご自身の領域である地底の闇の世界に身を沈め、それ以後世界に姿を現したことはないと言われている。
赤竜様は黒竜様のその御心に添い、黒竜様お隠れ後の魔界をお一人で治められているものの、お姿を現すことはほとんど無く、表の仕事は赫羅様が一手に行っている。
そんな赤竜様が動いた?
暁と出会ってからの青竜の変わりようを、アイは反芻する。
生来の感情の振り幅は他の竜神から比べればはるかに人間臭くはあっても、暁と対する時の青竜の感情のそれはアイの知る限り段違いに違っていた。
その姿だけは星の君にそっくり同じ光の聖女ーアルラキスを見る時の憎悪の顔が、性別は違っているとしても同じ顔をした暁を見る時は、笑っているのだ。
『アステルとは完全に別人で別人格で、顔だけ似ているただのそっくりさんだ』と言い切りながらも、その腕の中から放そうとしない。
そして、自分も・・・とアイは苦笑と共に腕を組んで考え込んだ。
暁は、どうしてかわからないが、アイにとってもとても大事で失いたくない人。と感じるのだ。
歳は22とのことで、人間の年齢から行けば成人を超えているはずである。
だというのに、本当に成人しているのか?と聞きたくなるほどのやんちゃをあの黒い仔竜がきてから毎日行い「すまぬ」とアイに頭を下げてくる。
今のところお守りの位置づけで暁の側にいることを特別に許しているあの黒い仔竜。かなりの魔力をその小さな身に秘める黒の竜族が、出会ってすぐから暁に固執し離れない。その理由もきっと自分と同じなのだろうとアイは考えていた。
今日は新月。
青の宮の防御結界が弱まる日だ。
それにプラス青竜の不在———アイの心配事は尽きなかった。
今日だけは(本当はいつもだが)部屋から出ないで欲しいと「監禁」を断言してしまったが、暁と仔竜はやっと事の重大さを理解してくれたのか、大人しくそれを守ってくれていた。日に数度の日課になっている部屋へのご機嫌伺いのたび二人の姿を確認することが出来て、アイはほっと胸を撫で下していた。
夜の帳が降りた闇色の空を見上げて、アイは拳を握りしめた。
この夜を守り切れば、再び月は空に現れ宮を守る防御結界はもとに戻る。
守りきれるだろうか?
否。
守らなければいけない。
アイが決意を決めたその時、暁のいる青竜の部屋の方角から大きな爆発音が青の宮全域に響き渡った。




