23:6竜の緊急会議
ソウは不機嫌を絵に描いたような顔をして、用意された自分の席に黙してただ座していた。
上体を深く沈め、腕を組み、足を組み、仏頂面を遥か天上に向ける。
それはとても高慢で横柄な姿であり、青竜の長としてあるべき姿とは言い難いものだった。
「青竜・・・いくらなんでもその態度はないと思うよ?」
円卓のソウと対称の席に座す黄竜が、誰もが黙すその場で最初に口を開いた。
実りをむかえた黄金の稲穂が風に揺れるような見事に波打つ金髪に、オリーブ色の瞳を持つ美丈夫は愉快そうに小さく笑う。
彼の背後には数段の階段がありその先には大きな一枚の絵を祀るような祭壇がある。
それは創主と導き手が降臨したこの世界の「はじまり」を告げる聖なる絵を祀る場であり、この世界において何にも代えがたい大切な信仰の象徴でもある。
6竜の長が集うこの円卓の部屋へ入室できるものは限られている。
6竜の長、または、長からの代理を任命された副官。それ以外の竜も人間もこの部屋への入室は、誰も許されていない。
許可などしていない。されてもいないのに、それは、そこに居た。
光の聖女—アルラキスは、黄竜の右斜め後ろに静かな笑みを讃え立っていた。
背後に祀られた、聖なる絵の中に佇む、「導き手」が絵から抜け出してきたような同じ姿で・・・。
ソウのただひとつの星であるアステルと同じ、光が透ける銀糸の髪に、太古の海の青を映した瞳。
だが、こいつは偽物だ。自分が一瞥を与える必要すらないない、ただの模造品だ。
ソウは唇を嚙み締めた。
「俺の態度をどうこう言う前に、なんでお前がそこに座って、お前のお気に入りがそこにいるのか聞きたいね――――」
ぎろりと黄竜を見下げた目で睨みつけて、ソウは刃の響きを持って言った。
「そこは『黒竜』の席で、俺はそいつの入室を許可した覚えはない」
ソウはテーブルを蹴って立ち上がるなり竜の咆哮でもって怒りの声を上げた。
「俺を無理やり呼びつけておいて、これは一体どういうことだ!6竜が揃うってのはお前の大ウソか?えっ黄竜様よ?!」
「はじまり」を告げる聖なる絵を背にする円卓最上位にあたる上座席は、6竜の中で一番最初に生まれた竜たる「黒竜」が座るべき席なのだ。
その場には今、黄竜が座り、あろうことかこの部屋に入ることは出来ない者を帯同させ、更には、集うべき竜の数が足りない。この場に在るはじめの竜は、青竜の他は、正面の黄竜、その右に白竜。のみだ。
「———アルラキスと水の神子に、創主より『渡り人』が竜の涙に現れると、天啓がおりた」
微かに右後ろのアルラキスに顔を向ける黄竜に、アルラキスは万人に安らぎを与える聖女の微笑を向けた。
「ね。・・・光の柱を、君も見たのだろう?竜の涙に『渡り人』が現れたことも、水の神子から報告が上がっているのに、彼の人の所在はいまだわからない。『渡り人』は我々竜にもこの世界にとって重要な人だ。『渡り人』は今、どこに居るのかな、ねえ、青竜?光の柱が現れた日から6竜会議を招集しているのに、どうしてもう7日が経っているのだろうね・・・。皆が慌てて、人間たちも大騒ぎなこの事態を収拾するために僕は議長にならざるをえなかった。なので、この席にいるのだよ」
黄竜は人好きする笑顔でにっこりと笑って見せた。
「それに、君も知っているだろう。緑竜はここ数年居所すら明らかにしていないし、黒竜は言わずもがな・・・その黒竜に添う赤竜も、我々の前にもうずいぶんと姿を現してはくれない。この二人は彼らの長である「はじめの竜」の代理以上の仕事をして、同じ種たる竜族と眷属、住まう場所の人々を守っている。もう十分にこの席につく資格があると、僕は思っているよ。」
黄竜は彼らを称えるように両手を広げた。
黄竜の左に座る緑竜代理である眷属のミモザが彼に向かって小さく礼をする。そのミモザの隣、ソウの隣に当たる席には、赤竜代理で彼の右腕である竜の赫羅がソウと同じ冷めた目で空を見つめていた。「茶番」とその目が言っている。
この二人の様子からソウは気付いた。
緑竜の眷属のミモザはすでに黄竜サイドに取り込まれており、赫羅は、ソウの立ち位置と同じようだ。
黄竜は、導き手の偽物—光の聖女—アルラキスが現れてから、はじめの竜としてのこの世界での存在の意義と意味を見失ってしまった。導き手を求めるあまりアルラキスを「導き手」として崇め、その心を壊してしまったのである。
気持ちがわからぬわけではないが、そいつは我々竜の「導き手」ではない。
竜神たる自分たちの一人が、そんな偽物に傀儡として踊らされていることにも気付かない、愚か者であると、ソウは思いたくはなかった。
今日この時までは・・・。
「・・・白竜の意見は?」
円卓に座した時より一言も発することなく、表情も変えずただその場にたたずむ白竜に、ソウは言葉を投げた。
左目に嵌めたモノクルを外し手元の手巾でそれを拭きながら、白竜は涼やかな声で一言漏らした。
「————特には」
この竜はいつもこの調子で、ソウとは生まれ落ちたその時から反りが合わない。
真っ白な長い髪を一つに結った雪の様な姿とそれに相反する真っ赤な瞳をした白き竜は、昔から黄竜と行動を共にし、今は神界と呼ばれる南の領域を分け合っている。
白竜も黄竜と同じく、アルラキスに絡めとられているかどうか、いつもそれが読めない。
ここでその辺りを見定めたい自分の真意をまだ見せるわけにはいかないと、ソウは一つ息をつき黄竜に向き直った。
「ミモザと赫羅の扱いの前に、そもそも「黒竜」がいない。あいつのことは・・・追及する気はないが、黒の代理はここに出席してきていないのだろう?これでは話し合いもなにも進められん。俺は帰るぞ」
「『渡り人』は、渡して頂けるかな。青竜?」
背を向けたソウを、黄竜が止める。
それに構わず歩を進めるソウの元に、軽い足音がしてふわりとした甘い香りをしたものが近づいたかと思うと左腕を絡めとられた。
「青竜様。壊れかけたこの世界を守り救うためには、わたくしの祈りと共に、『渡り人』様のお力が必要なのです・・・。どうか、神たるはじめの6竜であられる青竜様に伏してお願い申し上げます。あなた様のこの左腕を傷つけた魔たるものから世界を――――」
「何を言っている?」
ソウは彼女の胸元に引き寄せられていた自分の左腕を瞬時に引き抜くと、汚らわしいとばかりに空を切り気持ち悪い感触を振り払った。
『思いのほか、あんたは優しいのかもな』
ソウの左腕の傷に気付き彫りこんだの流水文様の意味を汲み取ってくれた、アカツキとのあまりの違いに、アステルと同じその姿に怒りが込みあげてくる。
ソウの怒気が覇気が立ち上り、アルラキスがひゅっと息を飲み硬直する。
竜の逆鱗に触れた。
これ以上は自分の命が危ういと、さすがの彼女ももう動くことが出来なかった。
「世界が壊れかけているだと?無礼者がっ?!」
ソウの青眼の瞳孔が縦に開く。
竜体に変化しようとする彼に、黄竜と白竜が静かに立ち上がった。
「我々の会談は、どうしていつもこうなるのだろうね。そうは思わないか、白蓮?」
「・・・私は名前で呼ばれるのを好まないと、何度言えば理解してくれるのです。黄麟」
「はは、君こそ止めてくれ。僕の名前を呼んでいいのは、あの人だけだ―――」
次々に竜体に変化する「はじめの竜」3人に、緑竜の眷属たるミモザはその場から逃げ出し、赫羅は呆れたように天を仰ぎ呟いた。
「・・・我が主たる赤の王に、ご指示を問います」
頭の中に聞こえたただ一人の主の言葉に、赫羅は諦めたようにため息をつき青の竜を見上げた。




