22:生贄ってオレがですか?
びっくりした。
そして、嬉しかった。
「人間!痛いことはされていないか?腹は減っていないか?」
目の前に突然瑠璃が現れて、飛び付かれて、顔を擦り付けてくる。今まで何に対してももそんなこと思った事もないが、可愛いと思った。
「それはオレが聞きたい・・・傷は、大丈夫なのか?って、傷・・・ないな、治癒早いな、瑠璃」
「?———お前が治してくれたんだろう、人間?」
「オレ?まさか、それはないと思うけど」
二人してお互い逆に首を傾げた。
「・・・あの青い花、やっぱりお前が持ってきてくれてたんだな」
「・・・へㇸ」
顔を見合わせ笑っていると、すぐ側から物凄い殺気を感じた。今この場の状況を思い出した暁は、瑠璃を背中に隠しアイに向き直った。
そこには、この10日間で見たことのない顔をしたアイが髪を逆立て、暁が背に庇った瑠璃をその眼差しで射殺せる程に睨みつけていた。
「———黒竜の眷属・・・!?」
その瞳孔は縦に開き、彼が青竜の眷属の高位竜であることを知らしめる。
「っこの子は、オレの命の恩人だ。傷付けることは―――」
「いのち!そうだ!お前の命が大変なんだ、人間!!」
暁の言葉に割って入った瑠璃が、庇う彼の右肩によじ登り顔を突き出し声を上げる。
「お前!ここにいたら捕まって、生贄にされるぞ!?」
生贄。
その一言に、アイの殺気が一瞬で消え、別の怒気を孕んだ。
「色が黒いことはひとまず置いておきます」
そう言って、アイは「コト」の顛末を話すように瑠璃に頼み込んだ。
同じ竜同士だからだろうか、嘘をついているかどうかは分かるらしい。
そして、瑠璃の語りだした話は、暁には正直腑に落ちなかった。
あの水の神子様とやらが、ソウの言うところの「偽物アステル」さんと共謀し、オレが異世界から現れることを予測し、攫って生贄にして力を得ようとしていると・・・。
そして、なになに?
やはり、姿は見えていなかったと?「偽物アステル」さんからの伝え聞きをそれっぽく言っただけだって?凄いね、あのグリーゼさんとやら。女優になれる。
「私への実験でわかった通り、アカツキ様がご自分の「黒色」を自己申告しない限り、周囲の者は貴方の髪色が黒であることは認識できず、姿すら見ることはできない。これが創主様の護法なのでしょうね」
アイが納得いったように呟いたが、その言葉に今度は瑠璃が首を傾げた。
「人間が見えない?月のない夜みたいな真っ黒な髪に、満月の夜空の群青色の目で、こんな綺麗な人間、俺は見たことがないぞ」
「瑠璃には、最初からオレがそのまま見えてるんだな」
綺麗なんて言葉は女性への褒め言葉だとは思うが、そこを突っ込むと話が逸れそうなので暁はあえてそこはスルーすることにした。
「・・・黒竜は、我々と少々成り立ちが違いますから、護法の効き方と解除のルール付けがまだはっきりはしないですね」
「黒竜は」というアイの言葉にひっかかりを感じた。
瞬間瞬いた自分に気付いてか、アイは小さく息をついたもののそれには触れず言葉を続けた。
「長の悪い予感は当たっていたようです。神殿サイドがどう動いてくるか予想が出来ない今、長が戻られるまで、アカツキ様はこの部屋からは絶対に出ないでください。そして、ないとは思いますが、私以外のものと対峙した場合、絶対に、ご自分の色をお話にならないでください」
・・・「絶対に」に掛けた圧力が凄い。今まで感じた中で最大のアイ君の恐ろしい圧力に、ひとまずは「はい」と頷くしかない。
「先程もお話ししましたが、長は、今日明日中には戻られると思います。『生贄』なんてありえないことを言い出しているあいつらに必ずや青の竜神としての鉄槌を下すことでしょう」
しかしいきなりの「生贄」って何でだ?いきなり凄いワードが降ってきたものだ。
異世界人って、生贄にすると御利益があるものなのか?
異世界転生など99回もしてきたが、そんな事を聞くのは初めてだ。
自分を殺しても何も出てきやしないぞ。
もはや呆れ返って月を眺めだした暁の側で、二人の竜は論義を交わしている。
瑠璃が「あいつ等全員魂が腐っている」と言えば、「長の指示で泳がせてはいたものの許容範囲の限界値を超えている」とアイが頷く。
「全員消し炭も残らず燃やしたい」と瑠璃が言えば、「一度氷柱か水責めのした後にしてください」とアイが続ける。
・・・黒竜は排除するって言ってたわりに、仲が良いデスね。妙に反りが合っているようにしか見えません。
そんな二人を見ながら、暁はふと考えた。
自分に対する執着が想像を超えてくる天狼が黙っている?・・・ああ、転生には関われないと言っていたから、静観するしかないのかもしれない。
それとも、早いとこ結果を出して、自分をあの「次元圖書館」という彼の世界に戻す為の布石をうったのだろうか。
いや、それはないなと、暁は思う。。
掴み所のない人(神?)ではあったが、誰かをを使ってまでそんなことはしないだろう。
天狼は、確実に自分で動くタイプだ。
自分の『初回の記憶』に関しては、「動かない」というより、「動けない」と言った方が当たっている気がする。
この考えが正しいのだとしたら、瑠璃が言っていた自分を生贄としたいものは・・・長い間、99回も自分を殺してくれた、あの「黒い竜」に繋がるのかもしれない。
この時暁の頭にはそれが一つの仮説として立った。
その時だ。藤色の桜に似た花の花弁が、また視界をかすった気がしたのだ。
天狼は『初回の記憶』があるこの世界の6匹の竜に会う必要があると言った。
会えば、鍵がパスワードが見つかると。
暁は静かに立ち上がると月を見つめた。
月は下弦の月を超え、刃の様な二十六夜月に近付いている。
「人間!!」
ひょい!と瑠璃が右肩に飛びついてきた。
「人間と一緒にいていいって、あの竜が言った!青い竜なのに意外と話が分かるヤツだな!!」
満面の笑顔で頬にすりよる瑠璃の額を暁は撫でてやった。一緒にいられるのは暁にとっても嬉しいことだ。
何故かこの仔竜は自分のなかにするりと入ってくる。
スイ以外にはなかったことだ。
「意外と話がわかるらしい」アイに視線を向けると、彼は苦笑を向けてきた。
「アカツキ様の守護は多い方が良いですし、その黒竜がいると、貴方の笑顔が増えますので」
「笑顔?」
自分の笑顔。というとスイ曰く、口元が2ミリ上がるという、あれか?
それがどうした。と暁が思ったのを気付いたのか、アイは軽く頭を振った。
「その仔が現れてから、アカツキ様はとても嬉しそうですよ」
「おれが来たのが嬉しいんだな。人間!」
首元に尻尾を巻いて甘えてくる瑠璃に、暁は目を瞬かせるしかなかった。
嬉しい・・・?
それは、「感情」と言われるものだということは知識としてだけ知っていた。




