19:ソウのアステル
爽やかな新緑の匂いをのせた風。
雲一つない青空はどこまでも澄みわたり、それを映す湖と森のすべてが、まるで絵の様だ。
だというのに、暁の顔はどんよりと曇っている。
死んだ魚の目で、ただ茫然とどことも言えない空に視線を漂わせる。
窓辺にもたれ爽やかな風を受け、昨日から今朝、ならぬ、昼までを思い出して、顔を伏せる。
「大丈夫ですか、アカツキ様?」
背後から聞こえた声にも振り向かず、暁はぽつりと呟いた。
「あの酒、本当に、えげつないほど、アルコール強かったんだな・・・」
「はじめの竜である6神の降臨祭での乾杯時にのみ封を開ける、大変貴重な祭酒で度数は高いですね。普通は、ストレートではなく割って飲むものなので、お部屋の転がる空瓶の数を見たときは一瞬目を疑いました」
「・・・申し訳ない。アイ君」
ソウの側近であると自己紹介されたアイから差し出された水のグラスを受取り、暁は本当に申し訳ないともう一度頭を下げ、それを一気飲みした。
太陽がもう真上よりは下りに差し掛かっているから、もう昼はとうに過ぎた時間だと思う。
目が覚めたのはついさっき。
起こして、というより助けてくれたのは、今目の前でにっこりと笑顔をみせてくれる、アイだった。
「ご気分は如何ですか?辛いようでしたら、お薬をお持ち致しますが」
「大丈夫です。貴重な酒を・・・こんなことで本当に申し訳ないデス・・・」
「お出ししたのは長ですので、責任は、こちらにあります。そうですね。長?!」
アイ君の黒すぎる笑顔が・・・大変怖い。
長。と声を掛けられたソウは天蓋付きの豪奢なベッドの上で右肘をつき、ごろりと横たわり知らぬ顔を決め込んでいるようだ。
「長?!」
「アイ。お前にはこいつがどう見える?」
「どう、とは?」
ソウの問いかけにアイが首を捻った。当事者である自分が聞いていてもおかしな質問である。
「そのままだ。お前には、アカツキがどう見える?」
ああ。例の護法だかの認識障害の確認をしたいのだな?
ソウの意をくみ、暁はアイに体を向けた。
じっと暁を見つめて、アイは「ん?」を首を突き出し目を細めた。
「え?と、あれ・・・おかしいな。さっきまで、あれ?」
ごしごし目を擦り首を捻るアイに、ソウは「同じだな」と呟く。
「アカツキが、見えている時は意識に入ってこず、見ようとすると、見えなくなる。やはり、創主の護法なのは確かだ。アイでも見れないということは、では、あの女はどうして・・・あの偽物女とにそっくりだと言い出したか――――」
ソウがむくりと起き上がり胡坐を汲んだかと思うと、暁に向き直った。
「裏で誰かが動いてるな。アカツキ!」
「・・・?」
「アイに、お前の髪色を言え」
「———————」
護法を大事にして、神殿の人間には自分の持つ「黒」がバレないようにしろと、昨日さんざん話してきたソウがそんなことを言い出して、どうしたものかと考えていると彼はきっぱりと言った。
「アイは、俺が信頼を置く、俺の右腕だ」
「・・・長!!」
褒められてキラキラした目を向けるアイと、変わらない顔のソウ。温度差の激しい主従を冷めた目で眺めてから暁はアイに向き直った。
ここは信じるしかないようだ。
「———申し訳ないですが、オレの髪は黒いです」
問題があるようならばすぐに出ていくと続けたかったが、目の前のアイの様子に暁が言葉を無くす。
ソウが初めて暁に気付いた時と同じく、アイは全身を震わせ目玉が飛び出しそうな位に目をむき、それからカエルみたいに飛び上がると、そのまま床に這いつくばった。いわゆる土下座状態だ。
黒か?
忌み色らしい、この黒髪が恐ろしいのか?
「オレが黒いからか・・・」
呟く声にアイは「違います!!」と声を上げた。
「———————星の君・・・!?」
また星だ。
更には、また違う呼び名だ。
もう、本当にやめて欲しい。と暁は遠くを見るしかない。
「———星の君ってのはわからないけど、ひとまず土下座は・・・」
立ち上がらせようとその腕に手を伸ばしたが、アイは恐れ多いとでもいうように額を床に擦り付けた。
「なんというご無礼を私は・・・なんとお詫びすれば―――!!」
自分に一体誰を見ているのか?
ヤバそうな気配しかしない。
ソウの大嫌いナンバー1ー光の聖女ーアルキラスに似ていると言ったのは、同じく大嫌いナンバー2ー水の神子ーグリーゼだ。
アルキラスはソウの言うところの「アステル」に姿が同じと聞いた。
てことはだ・・・。ここまで暁が考えた時。ソウがアイに向け言ってのけた。
「アステルに似てるが、こいつは男だし髪色も瞳の色も違う。アステルではない。世界に3人いるそっくりさんの一人だ」
「あんたのアステルさんって・・・何個呼び名があるんだ・・・」
げんなりと呆れる暁に、二人は声を揃えた。
「皆、好きに呼んでる」
「みんな、好きに呼んでます」
暁の体が斜めに崩れる。
「6竜神様以外の竜族は、ほぼ『星の君』ですが、人族は『創世の女神』、魔族は『明け星』、神族は『光の君』でしたかね」
「・・・ナニモンなの、その星の君のアステルさんって?」
昨日から一番に聞きたいことをやっとここにきて尋ねることが出来た。
さて、どんな答えが返ってくるのかと顔を上げると、ソウはじっと暁の顔を見つめてきた。
暁を見ているが見ていない、姿が同じという『アステル』を見ているのはすぐに分かった。
「一番星とかの例えは、なしで。ソウのアステルさんを見つける『鍵』がオレっていうなら、どこかに、居るんだろう?何者なのかを聞く権利がオレにはあると思う」
アイが息を飲んだのがわかった。
そんなにヤバいことを聞いたのか?背筋に冷たいものが走るのは、目の前のソウが、まるで氷河の様な冷気を全身に帯びたのをわかったからかもしれない。
「————アステルは、今、この世界に・・・存在していない」
2024/6/4 エピソードタイトル変更しました。




