18:飲みすぎた・・・朝?
なんだか、よくわからない、聞いてはいけない言葉を、ソウから聞いた気がする。
ソウが言った?
いや、昔・・・ずっと昔に、同じようなことを、誰かが、言ったんだ。
意識が落ちていく。
ゆっくりとゆっくりと・・・静かに沈んでいく。
最初は光を通した青い海。
深く沈んでゆくにつれ青が藍に、藍が群青に、ついには闇の深海の色へ、沈んでいく。
自分の体の周りには真っ暗な暗闇だけ。
だというのに、そこは温かくて、優しくて、眠りを誘う。
体を丸めて微睡んでしまう。
丸めた体の腹と膝のあたりに、更に温かい温もりを感じた。
温もりの主は、暁に甘えるようにすり寄ってきた。
小さな竜だ。
瑠璃かと思ったら違う。体が、青くて、ちょっと小さい。
甘えたように喉の奥を鳴らし、腹の辺りに顔を摺り寄せてくるので、小さな角の間の額から頭あたりを撫でてやると、顔を上げ見上げてきた。
見上げてきた目は、抜けるような空の青色をしている。
見たことのある青い目に「あれ?」と思った。その瞬間、頭の上に違う温もりが載ってきた。
『ほかの竜を甘やかさないで』
ふいに襲った頭の重みにがくんと前傾になってしまうと、重みの主は暁の右肩に飛び移り、暁の頬にすりっと自分の頬を摺り寄せてきた。
『竜は、自分の宝物を見つけたら、絶対に離さない。絶対に誰にも渡さない。アカツキは俺のなの』
◇ ◇ ◇
そう言ったのは、誰だった?
そう考えたところで意識が戻って、目がぱちりと開いた。
目の前は、肌色。
「は・・・?」
なんで肌色?そして、なんで、喉ぼとけ?
体は何故が身動きも出来ず、嫌な予感を感じながらそろそろと目線を上げると、顔があった。
すうすうと酒臭い寝息を立てる、怜悧な美貌の男くさい顔。
暁はソウの腕の中にがっちり抱き込まれた状態で目を覚ました。
・・・本気でこの状態で寝やがったなこの男。
抜け出そうとお互いの体の間に手を入れて、胸を押しどけようとしても、鋼の様な体はびくともしない。軽い眩暈を感じながら、暁はどうしたものかと考えあぐねた。
昨夜、お互いしたたかに酔っていたのは確かだが、暁は酒に飲まれても、記憶は無くさない質である。
悲しいかな、どうしてこうなったかの記憶はがっつりあるのだ。
肩に担ぎ上げられて隣室のでかいベットに投げ込まれ「寝るぞ」と掛布を頭までかけられたが、「遠慮します」と抜け出した。広い寝室の窓辺にシングルベットに相当するゆったりしたソファーがあったので、暁はそれを借りれば余裕で寝れると指差した。
別部屋の希望はとうに却下されていた。
神殿は危険で、ソウの側が一番安全だと言って引かない。
別の意味での身の危険を感じているとも言えず、ソファーに行こうと床に足を付けると、腕を引っ張られてベットに引き戻される。
酔っぱらい二人は、その問答を数度繰り返した後、酒杯対決で寝床を決めるという、良くわからない勝負に突入した。
酔っぱらいが考えつくこと等、大抵碌なことがない。
ソウはベット用の卓を引っ張り上げ、その上には、さっきまで飲んでいたのと違う、透明な酒の入った酒瓶とショットグラスを2個置いた。
「とっときの酒だ!度数はエグいぞ!飲み比べの勝者が、お前の寝床を決める!どうだ?!」
「勝ったらあっちで寝るからな。二言はないな?」
竜に二言はない!と言い切り、ソウが杯に表面張力ぎりぎりまで透明で綺麗な酒を注ぐ。
互いに一気に飲み干した。
それから・・・2、3本目位まで酒瓶を空にした記憶はあるが、途中で視界がブラックアウトした。
そこまでは、憶えてはいる―――。
なんで、あんな勝負を受けたのか?
竜はうわばみ、酒豪の大酒呑みだ。
勝てるわけもない勝負に乗った時点で、自分もあり得ないくらい酔っていたのだろう。
いまだ抜け出すことが出来ないソウの腕の中で、二日酔いと自分の思慮不足での頭の痛みを抱え、暁は大きく息をついた。人のことを言えないほどに自分の息も酒臭い。
その時だった。
ノック音とほぼ同時に、ドカン!という響きを持って扉を開かれた。
何の音かと振り返ろうとしも身動きできず、頭だけその方向に向けてみる。
頭が重い。体はそれよりももっと重い。
深海の闇の中に沈んでいるような、二日酔いの混沌の中にいる暁は、今自分が置かれている状況など考える余裕はなかった。
「おはようございますの時間は、とうに過ぎております!長!!、お目覚めでござい――――?!」
中東の民族衣装の様な白い装束に青いサッシュを腰に帯びた長身の男と暁の視線が繋がった。
彼が呼ぶ「長」に当たるだろう男の腕の中にいる自分に改めて気付き、顔に血が集まってくることを暁は止めることが出来なかった。
ソウはほぼ全裸に近い。
自分も言わずもがな、だ。
これは、どう取られても申し開きも出来ない状況だろう・・・。
人生初、顔が真っ赤に染まる暁を知ってか知らずか、彼は室内の惨状を一瞬で見渡し、視線を戻して言った。
「・・・うちの長がご迷惑をお掛けしたようで、大変申し訳ございません。主に成り代わりお詫び申し上げます」
彼は暁に向かい深々と頭を下げてきた。
左手を腹部に当て、右手を後ろに回す、美しい礼だ。・・・上体は90度くらい倒れている、深すぎる。
「ぃ・・・?」
どこからでたのか自分でも不思議な声がでた。
「私は、そこに・・・おります、青竜様の側近を務めている、アイと申します。お見知りおきの程、宜しくお願い致します」
美しい礼から上体を戻しすまでの流れるような所作、出来る男の風格をありありと見せる彼は、つかつかとベッドに歩み寄ると、暁を抱き込んでいるソウの腕に手を掛けた。
「只今、はがしますので」
「・・・は、ぃ」
正直助かると思ったのもつかの間、ソウの腕には更に力が込められて、強く暁を抱き込んだと思うとその体を抱き上げ反対側に回してしまった。
「わ・・・ぷっ―――!」
「・・・」
ソウの背中が語っていることにアイは気付いた。暁の体を抱き込み背を向け『見せない』と。
「・・・・・・長」
アイの呆れた声にもソウは動じる様子もない。起きているのかも怪しい。ソウの鋼の胸板に鼻を直撃し、暁の目の前に星が散った。
「神殿の方は、あらかたけん制してきました。報告事項やらなんやらが大量にありますので、そろそろ起きて頂けますと」
「・・・・・・・・」
「———っ長!!」
「・・・吐きそう」
体を回された反動か、突然吐き気を催し呟いた暁に、ソウはがばり!と起き上がった。
やはり狸寝入りだったか・・あとで蹴りのひとつも入れてやらねばと、口元を抑えながら暁は思った。
「アイ!」
「———承知いたしました!!」
そこからの二人の連携プレーは素晴らしく、すみやかにしかるべき場所にて、暁は胃の中のものを処理することが出来た。
酒瓶が転がりまくる、荒れた寝室の惨状は、この美しい白亜の建築物にそぐわないものであったが、その美しさに見合う点がただ一つだけあった。
高い天井に見合った広縁と一体化したベランダに、一輪の青い花が置かれてた。
花瓶にさすでもなく、ただ一輪ベランダに置かれたそれに、その時の一同は気付くことがなかった。




