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14:水の神子

 アルラキス様。って誰?


 「様」がついているところから予測すると、恐らく、たぶん、人の名前だと思う。

 青竜の名前の可能性もあるものの、視線が、自分の顔に突き刺さってきているので、こちらに向かって言っている・・・気がする。


 顔を逆に向けていれば良かった。


 今から角度を変えるのは寝たふりがバレそうなので避けたい。

 自分の表情筋がほぼ動かないことをこんなに感謝する日が来るとは、暁自身、思いもよらなかった。


青竜(せいりゅう)様」


 ソプラノの声は、青竜を「せいりゅうさま」と呼んだ。

 ・・・ということは、「アルラキス様」はやはり、自分に向けた名前か。とため息が漏れそうだ。


「―――――――」

 返事をする気すらないのか、青竜は構わず歩を進めだしたが、軽い足音と衣擦れの音が聞こえ、その足音が近距離に並んだ。

「お待ちくださいませ、青竜様。わたくしが大神官様にお伝えした創主様の御神託をお聞きになられて、御自らお出まし頂いたと聞き及んでおります。なんとお詫びして」

「ぬしの託宣で我が動いたわけではない。自分の功績とでも、この場で宣言するつもりか?何度言えば理解するのだ。我に近寄るな。我は、ぬしを『水の神子』とは認めておらぬ」


 鋭く冷たい刃の様な声だ。

 先刻まで、笑い交じりに自分と話していた、青竜とは別人の様だ。声からも相手を嫌っていることは嫌というほど理解できる。

 こんな冷たい言葉で切られたら、声からして確実に女性のその人は泣き出しでもおかしくはない。

 弱いものを泣かすのは悪しき事。と育ててくれた寺の住職から感情というよりは知識として頭に植え付けられている暁は、相手にバレない程度に薄目をあけてその人を見た。


 すらりとした柳腰の美しく儚げな容貌の年若い女性が胸の辺りで両手を組み、青竜を見つめていた。

 光を集めたような腰まで流れる金髪に、可憐な菫の瞳。

 悲しげな表情をして今にも涙を落としそうな表情をしているものの、その瞳は、恐ろしいほどに計算高そうな皮肉な色をしていた。


「青竜様!?グリーゼ様は青竜様の御為にどれほどのご努力を―――」

 水の神子—グリーゼーの側に控えていた男性神官が声を上げたが、グリーゼは悲しげに「よいのです」と首を振って見せた。涙が一粒こぼれ落ちる。

 見なくていいものを見てしまった。と、暁は静かに目を瞑り直した。

 

「・・・至らぬわたくしを、青竜様が、いまだ水の神子とお認め頂けていないことは、わかっております。ですが、本神殿の光の聖女アルラキス様より、わたくしは、水の神子として、こちらに遣わされました。わたくしは青竜様のお力になりたいのです」


「くどい。我は神子など不要と何度ぬしに説いたかっ―――」

 ふるえるグリーゼの声に、青竜の声色がどんどんと怒号を孕んでいく。それを知ってか知らずか、見かけよりも根性の太そうな彼女は話の方向を変化させた。


「渡り人様は、この方ですのね?アルラキス様と見紛うばかり・・・なんて似ていらっしゃるのでしょう。天啓のまま、なんてお美しい女神のような」

「はっ、墓穴を掘ったな。ぬしの託宣は創主のものではなく、更にその目は節穴だ」

 青竜は大きく笑いだし、背中が揺れる。

「なにを、おっしゃって」

 ひとしきり笑って、青竜ははっきり言い切った。


「男だ」


「・・・は?」

「この者は、男だと言っている。先刻、確かめた」

 ・・・それで、いきなりのあの行動だったのか。ということは、あんたもその「なんとか様」にオレが似ているので性別を確認したということだな?暁は青竜の謎の行動のひとつ理解した。


「我はこれより、この者に問うことが山ほどあるのだ。しかと聞け!我が宮にはこれより何人も近寄ることは許さん。これを破りし者、明日の命はないものと心得よ!」


 青竜の咆哮のような宣言に「否」を唱える者はそこにはもう居なかった。




 


 人垣を抜け歩を進める青竜の周知には、どんどん人の気配が消えてゆき、空気が不思議と綺麗になっていくのを全身で感じていた。

 人の気配が消え、光が差しては消え、差しては消え・・・。回廊に大きな柱でも並んでいるのか?光と影のコントラストが目を瞑っていても良くわかる。

 風が抜けていき、髪が揺れる。

 気持ちがいい。と肩に担ぎあげられたまま、とろとろと暁は微睡んでしまった。



「もう狸寝入りは終わりでいいぞ。まさか、本気で寝入っていたか?」

 青竜の声に目が覚める。

「・・・腹は圧迫されてるが、微妙な揺れがなかなか」

 眠りを誘う。と続けて、暁は腹筋を使って青竜の背から起き上がった。

「ずっと担いで、重くないのか?」

「問題ない」

「———口調が、くだけてきてる気がするが?」

 青竜を見下ろしながらそう言うと、彼は男くさいシニカルな笑みで暁を見上げてきた。

「あれは、営業用だ」

「営業?」

 何を言い出したのかと、眉を2ミリほど寄せる暁に、青竜は気付いたようだった。

「ほとんど表情が変わらないヤツだと思ったが、やっと少し違う顔を見せたな」

 暁は我知らずびっくりと目を通常より見開いてしまった。

「どうした?」

「スイ以外、気付かれたことがない。良くあんたがわかるな」


「———スイ・・・?」

「ああ、この世界に来る前の世界で、オレの唯一の、大切な人間の名だ」

 その名の何が彼に引っかかったのか、青竜は見る間に険しく、気に入らないという顔に変化した。

「お前の、唯一?」


 だからどうした?何故、そんなに厳しい顔をしているのだろうか。


 なんだかよくわからないが、この話題はもう終わりにした方が良さそうと、暁は青竜の肩を小突いた。

「ここまで担いでもらってなんだが、足ももう乾いてると思うし、歩いてもそう汚さず済むと思う。降ろしてもらえるか?」

「———このまま風呂に行く。つくまで大人しく担がれていろ」

「風呂?」

 展開がまったく理解できない。

「お前、足どころか、全身ドロドロだぞ。丸洗いしてやる。話はそれからだ」

「丸洗いって・・・オレを野良猫かなにかと勘違いしていないか―――?」


 猫というより犬だろう。と青竜が笑った。


「お前、名はなんという?」

「人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るもんじゃないか?」

「ほう、この俺に向かって良く言った」

 竜の高貴さを纏った風格のある笑みで、青竜は悠然とそう返してくるが、一人称が「俺」になっていることに暁は気付く。


「俺?さっきまで、『我』とか言ってたろう?」

「だから、あれは営業用だ。俺の名前は、蒼天(そうてん)(あお)(てん)と書く。もう一度聞く、お前の名は?」

 その名の通りの、青い空と同色の目を自分に向ける相手に、暁はフルネームを言うべきが少し考えて、口を開いた。



(あかつき)


 

 自らの肩に担いだままの暁を見上げ、青竜はその瞳のみを見つめて呟いた。

「夜明けの、名―――だな。群青に赤がまじる、似合いの名だ」

 

章の名称を「青の章」から「一の章」に本日変更しました。

青竜でまとめようとしたところ、別な竜がが乱入してきそうなもので・・・。

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