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12:青竜2

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔。とは、思いがけない出来事に驚いて目を丸くしている様子の事を言うらしいが、今、目の前の「竜」が正にそんな顔をしている。


「等価・・・交換・・・」

「そうだ」


 きっぱりはっきり言い切った自分を青竜はじっと見つめてきた。

 青竜がどう返答してくるか予想は出来ないが、「取るに足らない」とまで言った相手が「等価交換しよう」と、自分との格を並列に扱ってきたら、プライドに触るのは確実だ。

 自分の「格」を上だと、こちらに侮った取引を持ち掛けてきたら、そこを逃さず、瑠璃を逃がそう。

 その方向で来ないのならばと次の案を検討しだした所で、青竜は笑い声を上げた。


「はっ!久しぶりに聞いたな。———その言葉に免じて、人型に戻ってやろう」


 青竜がそう言うや否や、彼の大きな体は淡いはブルーの光を帯び次第に姿を小さくし、暁よりも少々大きな先程の男の姿に変化した。

 これでなんとか。と次の手に動こうとした暁は、少々面食らって動きを止めた。


 青竜は全裸だった。


 いわゆる細マッチョだ。筋肉がすごい。

 そういえば、最初に見たときは軍人みたいな制服を着て長剣を向けてきたが、竜に変化し服が破れた場合、人型に戻っても服は戻らないのだな。前の世界のラノベなどではこういう変化があっても大体が服を着ていたのは、やはりあれはお話の中だけなのだなあ。

 などと、現実逃避で先刻の風貌を思い出してみても、目の前の現実は変わるはずもない。

 

 ふと、彼の左腕に刻まれた文様に目を奪われる。

 自分の目線に気付いたのか、青竜は方眉を上げた。


「・・・これか?」

 それは鍵爪で引っかかれたような3本入った大きく深そうな傷に、それと思わせないように彫った、水の流れと波紋を象った流水文様だった。

 恐らく誰かにつけられたであろう傷を、水の流れで隠し癒し、それを許す意味合いがあるのだろうか。そんなことを思わせる美しい文様だと暁は思った。


「思いのほか、あんたは優しいのかもな」


 青竜は暁の黒い髪色に気付いた時のように、空と同色の青い目を驚きに見開いたかと思うと、凄い力で暁の両肩を捕まえてきた。


「お前・・・?!」

 ちかい、ちかい!、ちかい!!

 全裸男が近過ぎて、力の限り一歩後退し、暁は彼から目を反らした。

「・・・同性といえども目のやり場に困るので、何か」

 服を着て欲しい。と暁が続けようとしたとき、彼は再度ブルーのオーラを全身に纏わせたかと思うと、元通りの先刻の服装と同じ服を纏い、腰の長剣も元通り腰に下げ近付いてきた。


 男前だ。


 竜に変わる前は距離があったし、剣を向けられていてそれどころではなかった為、彼の顔や姿はよく見ていなかった。

 青竜は金とも銀ともとれるプラチナの癖のない髪にスカイブルーの瞳を持ち、氷を思わせる鋭利で冷酷な美しい顔立ちをしていた。例え的には繊細な女性を称える言葉となってしまうがどちらかと言えば真逆の男くさい容貌で両方のバランス感がすごい。

 青竜は皮肉な笑みを浮かべ口を開いてきた。


「お前も、なかなかの恰好ではあるな」


 青竜は暁の足先から頭までをゆっくり見てから、そんなことを言ってくれた。

 Tシャツの襟元はのびのびで胸近くまで開いているし、裾はびりびりで腹と背中が寒いほど。あげく、着用中のジーパンはダメージジーンズで、腿と膝辺りが開いているので、言われても仕方がないとは、思う。

 ジーパンはファッションといっても通じそうもないので、そこは諦める。

「見ようによっては、誘っているように見えるが?」

「あんたの目、本当に大丈夫か?空から落ちたらこうなっていただけだ」


「———お前は、どうして」

 暁の顔にそろりと手を伸ばしかけて、瞬間、何かを否定するようにその手を音が聞こえる程に強く握りこんだ青竜は「ありえんな」と小さく呟き、何かを払うよう首を振った。

「で、話し合いをしたいのだったな。我に何を対価とし・・・等価交換とするのか?」

「オレだ」

「お前?」

「何だか知らんが、オレがあんたの言うことを聞いてやるから、瑠璃は、このまま見逃してくれ。それが無理な場合」


 そこで一呼吸おく。

 間合いが、重要だからだ。


「この場でオレは命を終える。あんたは、オレを世界から消すことになる」


 何がどうしてかはわからないが、暁を「必要」としていると先にカードを見せてきたのは、青竜だ。

 ならば、そこを逆手に取るのがセオリーだろう。

「どう、消える気だ?そうやすやす死なせるつもりなど」

「死ぬのなんて簡単だ。心臓を止めればいい」

 こちとら伊達に99回死んで来たわけではない。

 竜に殺される、二次被害で死ぬ以外にも、竜の牙で体を粉々にされるよりはと、自決を選んだこともある。


 この世界では『初回の記憶』を得るまで死ぬ気はない。

 だが、自分の本気をわかってくれるはずだと根拠のない自信があった。


「・・・人間、おれはいいから」

「ダメだ。守る」

 涙声で声を上げる瑠璃の背中をぽんぽんする。

「何故、黒竜をそこまで守る?」

「さてね」

 自分に良くわからない理由を話せるわけもない。

「———その小さな黒竜と、お前が・・・等価だと?」

「価値を判断するのは、あんだだろう?」

 さあ、どうする?と続けて、暁は青竜を見上げた。

 スイの身長といい勝負だ。なんだか、風貌も似ている気がする。あいつは陽気な性格をしているが、黙っているとこんな風に冷たい鋭利な綺麗な顔立ちをしていた。 

 そんなことを考えていたら、目の前の青竜がじっと暁を見つめ、肺の中の空気を全部吐き出すようなため息をついた。


「・・・お前は自分の価値を理解しているのかいないのか。物凄い博打を売ってくるな?」

 なんだかわからないが、青竜からの自分の評価価値はずいぶんと高いらしい。


「———いいだろう。黒竜は、お前の好きにしろ」


 青竜の言葉に、暁は、自分ではわかっていないが初めて全開の笑顔を見せた。

 笑っている意識はなかったものの、今世の体で初めて表情筋が活動したためか、頬がすこし痛い気がした。

 

「すぐにここを離れるんだ、戻ってくるなよ?」

 青竜に背を向け腕の中の瑠璃を抱きしめて、耳元に呟く。

「・・・人間」

「傷を、治してやれなくてごめんな。飛べるか?」

 腕の中の幼竜はは寂しそうに小さく頷いた。「行け!」と腕を振り上げ、瑠璃を空に放つ。

 

 瑠璃は大きく翼を広げて、名残惜しそうに暁の上をくるりと一回廻ると森の木々を抜け、上空に昇り消えた。

 腕の中の幼竜が飛び立ち、とても空虚で、消えた温もりが戻ればいいなと、考えてしまう。


 この時の自分は飛び立った瑠璃のことで頭がいっぱいで、この場の状況をよく見ていなかった。


 太陽は真上から少し西に向かい、木々の影が大地に伸び始める時刻。

 森を、湖を渡る風の中、青竜の顔が真っ赤に染まっていたことに暁は気づかなかった。

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