もう一度だけ
変わらないあの人に捧ぐ。
遠くで聞こえる大砲の音、誰かの叫ぶ声。
肺を満たす硝煙の臭いに、
視界いっぱいを埋め尽くす赤。
生々しい鉄の味。
指先にはもうなにも感じられない。
どこで、どうして始まったのか。
いつからこうしているのか。
それすらもう彼らにはわからない。
ただ眼の前のものに向かって手を振り下ろし続ける。
痛みを忘れ、
想いを忘れ。
なにもかもを忘れた彼らは、
自分を忘れたことにも気づかない。
青くない空を見上げて。
少しずつ、しかし確かに霞んでいく視界の中で。
かすかに聞こえるあの歌は、
遠い昔の子守唄。
もう戻れない、いつかの日に。
それでも愚かな人々はもう一度を願う。
何度でも、そう、何度でも。
もう会えない人に、
もう一度だけを希う。
最期の一秒に。
たとえ、なにも変わらないのだとしても。
狂ったような花の香りが、
あたり一面に漂っている。
花の香。
それは天国か、幻覚か、現在か。
もう一度だけ。
繰り返されるものは何なのか。