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【完結】星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
後編 灼銅の魔人

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六十七話

最終話です。


 ●



 熱の塊が、人の形を持って降りてくる。

 魔術師はそれを、ゲルヴァン火山の山裾で見つめていた。その行き先を追って坂を転ぶように駆け出す。金の燐光が、少女の道しるべとなった。

『黄金の人』は、彼女がはじめて見つけた自分と同じ人間だった。

「きっと、あの人ならわかってくれる! 」


 この怒りも、憎しみも、自分のことのように理解してこの手を取ってくれることだろう。

 この世で会いたい人がいるとすれば、少女にとってそれは『黄金の人』だった。

 どきどきと胸が高鳴った。祈るように、拒絶されないことを願った。

 ああ、そして、できれば、愛してはくれないだろうか。この浅ましい願いも、受け入れてくれるのではないか。

 イシスは、それを願っていた。


「待って――――待って! 」

 山から離れると、建物の傾斜の影に隠れてその姿を追うのは難しくなった。

 それでもイシスは駆けた。やみくもに、細い脚を動かした。


「ああっ! 」

 足がもつれて転ぶ。少女は、途方に暮れたように自分を見下ろした。


「……あんた、こんなところで何してんの? 」

 少女イシスは、魔術師の顔で振り返った。


 ゆっくりと歩み寄ってくるのは、擦り切れた大きな外套のすそをひるがえす、大きなつばの帽子をかぶった裸足の子供。一見はみすぼらしくも、しかしその足に泥汚れはない。

 その魔人は、肩ほどの黒い巻き毛と、青白くなめらかな肌。そして帽子の下で不穏な輝きを放つ、金の瞳をしていた。


「魔術師イシス」

「……その名は捨てた」

 不快もあらわに、魔術師ドゥは吐き捨てて立ち上がった。肌に刻まれた無数の祈りの言葉が蠢き、足の甲を流れて街道の石畳を這う。


「……あの魔法使いの魔人か」

「ふん。ボクは、キミにはこう名乗ったほうがいいかもね」

 魔人の外套が、風に逆らって逆立ち枝を伸ばす。



「わが名は選ばれしもの。『愚者』の名を与えられたもの。魔人ジジとはボクのことさ」



 帽子を脱いで、『愚者』は髪をかき上げた。

「じゃ、形勢逆転と行こうじゃあねえか。なア、悪役さんよォ」


「……あなたが『愚者』」

 動いたのは『魔術師』だった。


「―――――アポリュオン! 」

 どろりと、腐臭がただよう泥沼があたりに満ちた。緑白に濁った複眼を持つ頭が這い出て、二人の間でその巨躯をさらす。

 魔術師の前に守るように立った奈落の王は、翅を振るわせて踏み出した。


(『愚者』はアポリュオンに任せておけばいい)

 走り出せば、胸はふたたびはやりだす。


 西で『赤』のカマエルが暴れている気配がした。相手はおそらく『皇帝』だろう。

 魔術師は思った。


(そうだ。カマエルなら、すぐに『皇帝』を手に入れるだろう。『皇帝』のゴーレムがあれば)


 西に駆け出す。差し込む青い朝日が、その上気する頬を照らしている。

 カマエルが見えた。立ち塞がる『2』のスート兵を殴り倒したところだ。スート兵の背後には、アトラス王家の皇子がふたり隠れていたようだった。カマエルは、さらに棍棒を握り込んで顔を輝かせる。

 何をやっているのか、とイシスは思った。『皇帝』はここにはいない。弟たちにスート兵をつけて、自分はこの場を離れているのだ。


「カマエル! 『皇帝』は」

 そのとき、自分を追い越す背中があった。

 金の燐光。頬を撫でた熱。


「あっ……――――」

 呼び止めようとしても、口にする言葉が見当たらない。


 空気を歪めて透明な影が疾走する。

 それは強くこぶしを握り締め、腰だめに引いた。

 そのこぶしに、燐光が巻いて硬質なかたちを取る。無から溶け出した鎧が、熱の体を覆い、内側からまばゆいほどに赤く輝く。


「――――兄さんッ! 」


 イシスは少年の声に、伸ばした手を引き寄せて胸の前で握った。背中が遠ざかっていく。



 灼熱の拳がカマエルの頬を打ち抜いた。

 カマエルは大きくのけぞり、体勢を崩す。瞳は大きく見開かれ、その鎧の子供を見つめている。

 地面にへたりこんだケヴィンが、その名前を呼んだ。


「……アルヴィン」

 灼銅の魔人は、カマエルの前に立ちふさがったまま振り返らない。すう、と息を飲み込んだ。



「我が名を得たり! 誓いを得たり! 今この時より蘇りしもの! 世界を変える資格あるもの!






 ――――宣誓する! わが名は選ばれしもの『星』のアルヴィン! 」







 アルヴィンは腕を広げて名乗りを上げた。

 兜の隙間から、輝く金の双眼がカマエルを睨む。

「僕が相手です。今度こそ、倒れないから」


 カマエルの驚愕で丸くなった口が、ゆるゆると笑みの形に広がった。

「最ッ高だ! こんどは叩きがいがあるなア! ……あっ」

 カマエルの顔が、また驚愕に変わる。


 ころころと表情の変わる男だ。魔術師は、カマエルのそんなところはあまり嫌いではなかった。

 胸を刺し貫く黒光する槍。その切っ先を見下ろして、魔術師は奥歯を噛む。


「はあ……――――」

 見上げた空が青い。


 『愚者』のジジが、目を閉じて横たわる魔術師を見下ろしていた。

 ぬるい風が強く吹いた。

 紅い花が熱した空気と、冥界から噴き出す冷気とがぶつかり、吹いた強風。

 国中を覆う霧と雲を、一時だけ吹き飛ばす西風だ。


 水色の空にぽっかりと黒い粒が浮かんでいる。ジジは目を凝らし、「ああ、」とほほ笑んだ。


「……あれ、ケトー号だ」

読了ありがとうございます。

次回、エピローグで完結です。


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