表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
後編 灼銅の魔人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/71

六十一話

完結が4月27日に決まりました。


「サリー! 」

 白蛇と並走して、黒霧をまとったジジが近づく。「よく無事だったね! 」


「もうごめんだ! 」

「ボクだってごめんだ! 相棒があの虫どもの群れに突っ込んでいったとき、ボクがどんなにゾッとしたか、キミにわかる!? 」

「そりゃ悪かったな! 結果オーライだ! 」

「分かってるよ! まったく、よりにもよって最初にこいつを呼び出すなんて引きが悪いんだか……らッ! 」

 ジジのコートの裾に手をかけようとした蝗が、蹴り飛ばされてキリキリ舞いしながら吹き飛んでいく。


 空をおびただしい蝗の群れが覆いつつあった。

 埠頭から吹き出した蝗たちは、蚊柱のように黒いヴェールとなって、城下町の上空を飛んでいく。ふるえる翅の不協和音をバックに、耳障りなコーラスが重なった。


 ――――崇め湛えよ。我らがあるじ。

 ――――奈落の王にしてしょくの王。大いなる食事に感謝せよ。

 ――――飽食は我らがつとめ。目玉を捧げ、前菜に指のソテー。脊髄のスープ。森と家畜のサラダ。

 ――――腸詰の血煮込み。手足のロースト。デザートは脳髄のゼリー寄せ。

 ――――飽食せよ。飽食せよ。

 ――――食らえ、食らえ、食らえ……。

 


「……どうするの」

「……作戦は変えない。陛下たちと合流だ」

「それだけで大丈夫なの」

 サリヴァンは下唇を噛んだ。


「サリー。……言って」

「…………ジジ」

「うん」

「……やってくれ」

「いいよ」


 ジジは悪戯っぽく笑った。危なげに金色の瞳がきらめく。

「ボクのご主人様は、ひどくお困りのようだ。……お望みどおりに」


 サリヴァンは肺一杯に息を吸う。


「”願いは彼方かなたで燃え尽きた” ”希望は彼方かなたに置いてきた”」

 魔法使いの声が朗々と、風を背に響き渡る。

「”望みはなにかと母が問う”

 ”そこは楽園ではなく”

 ”暗闇だけが癒しを注いだ”」


 叙事詩を吟じる古代の詩人のように、力強い言葉そのものが呪文となって風に編みこまれていく。

「 ”時さえも味方にならない”

 ”天は朔の夜”

 ”星だけが見ている塩の原”

 ”言葉すらなく”

 ”微睡みもなく”

 ”剣を振り下ろす力もなく”……」


 蝗の群れが迫る。

 黒煙のようにも見えたそれらの、ひとつひとつの白濁した複眼と、くちばしを持つ醜い顔、ぬるぬると黒光りする深緑の体からぶら下がった節だつ手足、棘のついた二又の尾。

 奇怪で悪趣味な合唱は、高らかに絶望の花へと捧げられている。


 ジジの羽織ったコートの裾が、風に暴れた。

 ジジが指揮棒のようにサッと腕を掲げると、蝗たちの視線がいっせいに注がれる。

 ジジは背から聞こえてくる主とともに、自らの呪文を口にした。低く力強いサリヴァンの声に、ジジの、子守歌でも歌っているような囁きが重なる。


「 ”いかづちの槍が白白しらじらと、咲いたばかりの花々を穿うがつ”」


 輝くような魔力が集まっていく。

 ジジの小さな体に、蝗たちの視線は釘付けになった。そこから放たれる目に見えない『何か』が、蝗たちの飢えを促す。


「”至るべきは此処ここと、父が言う”」


 ふわりと軽やかな風が吹いた。


「”我が身こそが、終わりへと至る小さな鍵”」


 ジジは杖を握る腕を天に伸ばし、体を黒霧へと変えていく。魔人がほどけた黒霧は、糸玉を巻くようにその身体を覆っていった。


「”望みはひとつ”—————」


 サリヴァンもまた、杖を握る腕を伸ばして、小さくなったジジの背へと向けていた。片刃の三日月形のダガーの切っ先は、まばゆい白に輝いている。

 生温くドロリとした汗が全身を伝う。



「―――——”やがて、この足が止まること”」


 その始まりに、音は無かった。




 ―――――黒い卵が浮かんでいる。




 その一瞬、蝗たちは紅い花のことを忘れた。

 ぽつんと、目の前に浮かんでいる黒い卵は、言いようのない()()()を醸し出している。


 なぜなのかは分からない。食欲に満たされた彼らの頭では、理由を見つける術をもたない。

 表面はつるりと丸かった。しかし、空も、地も、何も映り込むことのない深い闇の色をしていた。

 その表面に、おもむろに白い線が、つう、と伝う。溜息が亀裂から零れる。

 眠りから目覚めるときに零れる、あの吐息である。あるいは、夢に落ちるときに胸から押し出される、あの吐息だった。


 蝗たちの無機質な複眼に、真っ赤な恐怖が広がっていく。

 二度目の溜息は、腹が満たされたときの満足げな吐息だ。


 サリヴァンは猛然と空を駆け出していた。

 その背後では、土砂降りの雨のように、地面へ落ちていく蝗たちの姿がある。

 振り返って確認することなどしない。息をするのも忘れ、サリヴァンは箒を進めることだけに集中した。

 そうでもしないと、頭の中に入り込もうとする声に侵入を許すことになる。


(□□□□□□、□□□! □□□□□、□□、□□□□□□□□! □! □□□! □□□! □□□! □□□! □□□! □□□! □□□! □□□! )


(……ああ、もう! うるっせえ! )


(□□□! □□□! □□□□□□□□……? )


「ジジ! やること終わったんなら帰ってこい! 」


(□□□□□□……□□□□□□□□……『つえ』)


 サリヴァンは、空を東へ走りながら、銀蛇を握った手を掲げた。切っ先から白い光の粒が帯になって流れ出す。

 『卵』は、蝗の死骸の雨の中で静止している。

 遠ざかる主の背中。ジジは、ゆっくりと上昇を始めた。

 その天中には、すでに空を覆うほど『開花』をはじめた紅い花がある。


(□□、だ、□□□□□□……□□□いだ□□□……ぐるし□、べ□□□□……ああ□□□ず……□サリヴァ□、ボク、□□…… )


「一掃したら帰ってこい」

(□□□□……りょうかい)


 ニイ、と裂けるように笑う口元が見えるようだった。

 サリヴァンは、前方に浮かぶ飛鯨船を目指して飛ぶ。





 開け放したハッチから飛び込んできたサリヴァンを受け止めたのは、ベルリオズだった。


「どうした! 大丈夫か! 」

 ケヴィンが走り寄り、床に這いつくばるサリヴァンに肩を貸す。脈の速さはすぐに分かった。汗にぬれた冷え切った体のことも。


 小柄だが、しっかりと重い少年の体を座席に座らせる。マリアが拾い上げた箒を、慎重に座席の下に置く。尾から出ていたオレンジ色の炎は、サリヴァンが柄から手を離すと、勝手に消えてしまっていた。前の座席に座ったヒューゴが、首をまわしてサリヴァンに問う。


「あの蝗たちは消えたのか? 」

「決定的な被害が出る前に、ジジが駆除をしました」

「まさか、あれを全部? 」

「はい」

「大丈夫か? 作戦は」

 不安が滲んだ質問に、サリヴァンはきっぱりと言った。

「このまま。何も不都合はありません」


 飛鯨船の通路はやっと人一人が動けるほどにしかスペースが無く、二列目の座席に挟まれたヒューゴなどは、立つのがやっとという感じで、おとなしく小さくなって一列を占領している。


 操縦席には、グウィンが座っていた。

 大戦以後、とくに下層の国家では、ある程度の地位に昇格する条件に『飛鯨船の操縦資格の有無』をつけることが多い。要人であればなおさらだ。それは海層全体に適応される法で、飛鯨船操縦資格保持者は守られているからだった。フェルヴィン皇国でも例に漏れず、アトラス兄弟の中では軍属経験のあるグウィンのみが、小型の輸送用飛鯨船の資格を持っていた。

 埠頭よりほど近く、商業地区にある着陸場に、グウィンたちは昨夜からこの小型飛鯨船を準備していたのだ。


「……事態が少し変わりました。でも、作戦は変更しません」


 念を押すようにサリヴァンは言った。

「……でも、それまでに一つ、話しておくことが」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] ジジ氏の掲げる“白銀の小枝”は自身の銀杖でしょうか?杖を振る描写も後にありますが、枝=杖の明確な描写を見つけられず、突然現れた枝の出所が気になりました。 [一言] ジジ氏の脅威的な魔法…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ