五十七話
「それより、こっちも見てくれよ」
ヒューゴがテーブルに広げられた紙を指す。三人の語り部が、総出でペンを走らせた城の見取り図だった。直線と曲線で構成された図は、定規を使わずとも正確無比である。
「……すっげえ。うちの城って、こうなってんのか」
ケヴィンが図にざっと目を通し、ペンで印をつけながらため息をこぼす。
「兄さん見てくれ。知らない通路や部屋がかなりの数ある。これを人間が一晩で把握するのは無理だ。その点、語り部なら、隠し部屋や地下の構造も知っているからな。……いやしかし、よくぞ語り部を使うことに気が付いたものだ」
「まさか、壁の厚みの計測に語り部の観察眼を使うことになるなんて」
紙を覗き込みながら、グウィンが感嘆に呻いた。
「山から城へ入ることができる道は、これで全部か? 」
「そのあたり、情報源がトゥルーズなのが不安なんだよな……」
「ヒューゴ様ぁ~僕の仕事を信じられないんですかぁ~! 」
「うーん、おまえ、なんか抜けてるからなぁ」
「仕方ないね。今からボクが下見してくるよ」
「ジジまで! ひどいや! 」
サリヴァンは苦笑した。
「進捗は大丈夫そうだな」
あまり答えの出せない問題にかかっているわけにもいかない。サリヴァンは思考を切り替えて、自分ができる次の作業に移ることにした。
寄り合い場の別の小屋のひとつ。地図を乗せたものと同じつくりの大きなテーブルの下には、出航前にヒースが置いていった支援物資が、どっさりと置いてあった。
サリヴァンくらいの体格ならば、スッポリ入りそうなトランクが全部で十五。サリヴァンは持ち手に結ばれたラベルを確かめ、そのひとつを慎重に開く。
中には、油紙に包まれた四角い物体が、ぎっしりと詰まっていた。
中身が白い板状のものであることを確認すると、サリヴァンはブハーッと大きなため息を吐く。
「こんなものを外国へ大量に持ち込むなんて、指名手配されても擁護できねぇぞ……」
「そのおかげで、いろいろ助かってるんでしょう? ヒヒヒッ! ヒースのやつ、けっこうやるじゃん」
ジジは頭の後ろで腕を組み、上機嫌にトランクを足先でつつく。
「秘策ってこれかい? 君らしい作戦だと思うぜ? 」
「これの扱いを教わったときは、まさか本当に使うことになるとは思ってやしなかったよ」
「これのために、この小屋をピッカピカにしたんだもんねぇ? 」
「埃が立つと、加工するとき危ないんだよ。本当に。久ッ々に気合入れて、掃除に魔法使ったぜ……」
「日々の家事スキルが役に立った瞬間だったね」
「師匠のズボラに感謝はしたくねえな……」
サリヴァンはまたため息を吐くと、手巾を取って口元に巻く。
「ほら、お前も出てけ」
「手伝いは不要? 」
「見張りだ見張り。誰も中に入れんなよ。ウッカリしてボン! なんて、御免だからな」
後ろ手に扉を閉め、ジジはその場にあぐらをかいた。
合流したばかりのケヴィン皇子が、かたわらの壁際で、すでに石のように座り込んでいる。
視線を海に向けたまま、ケヴィンは口を開いた、
「……彼は? 」
「立ち入り禁止で作業中」
「邪魔してはいけないな……」
それっきり、ぷっつりと黙りこむ。
水面を舐めるよいに吹く冷たい潮風が、足から体を冷やしていった。
フェルヴィン人は例外なく真っ白な肌をしているが、ケヴィンの横顔はそれより一つ抜けて青白いほどだった。無精髭の似合わない細面は、ひどく不健康で、神経過敏な男のように見える。
「……フェルヴィンの海は、」
長い沈黙は、長い躊躇いだったようだ。
「……いつもなら、もっと激しく、白い波が立つんだ。こんなに静かな海は生まれてはじめて見る。この海を見て……本当に、神話のようなことが起きているんだと、ようやく私は納得したんだ」
「こんなになって、まだ実感無かったわけ? 」
「ああ。父親と弟があんなことになったのにな。我ながら頭が固い。……いやになるよ、不器用すぎて」
「…………」
「……古の魔人よ。貴方なら嘘はつかないだろうと思った。……ミケは生きているのか」
「驚いたな。他の質問を予想してた」
「どうなんだ? 」
「魔人に生きているって表現はふさわしくないぜ、皇子サマ? 」
「お互いに、駆け引きは無しでいこう」
ドン、とケヴィンが打ち付けるように地面に置いたのは、陶器の酒瓶だった。片手に重ねたグラスを持ち、流れるように注ぐと、ケヴィンは苦しそうに飲み干す。
「っ、いいか。僕は君たちに大事な家族の命を賭けるんだ」
「サリーは自分の命と未来を賭けてる。この世界にね。ミケも同じだ。自分の存在を、ご主人様が生きる世界に賭けた。その結果として『宇宙』になることを選んだ」
「……それが僕には分からない。ミケは何をした? 僕の弟は、どうして――――」ケヴィンは鋭く、霧の向こうにある紅い光を指した。「――――ああなったんだ? 」
「ミケのせいだと思っているの」
「ミケが渡した銅板で、ああなったんだろう」
「否定はしない。語り部の本体に使われている銅板は、神々の手が入ったもので、人間の手には余る素材だった。アルヴィン殿下の心が弱かったからとも思わない。生きながら焼かれて再生するを繰り返すんだから、理性を失くさないほうがおかしい。でもね、皇子様。そもそも、銅板に火なんてついていなかったはずなんだ」
「わからない……もっと理論的に言ってくれないか」
「火種がなければ薪は燃えない。それはその固い脳ミソでも分かるでしょ? ミケは、「こんなはずじゃなかった」って言った。ミケの予想では、混沌の泥によって、アルヴィン殿下は失くした頭蓋骨を取り戻すだけだったんだ。……でも、火種はあったんだよ」
「どこに? 誰が火をつけた」
「事故だ。予定調和の事故だったんだ。火種を持っていたのは、アルヴィン殿下とミケ自身だよ」
こんどはジジが、グラスを喉に流し込む。濡れた唇を舌で舐め、空の紅い光を睨むように笑みを作った。
「命の源たる混沌の泥は、彼の感情に反応し、形なきものを『炎』という形で具現化させた。形なきもの……それは怒りさ。彼は怒ったんだ。いろ~んなものにね。ボクには分かるよ皇子様ァ。這い上がったやつの最初の原動力は必ず怒りだ。ボクには、よぅく分かる。アルヴィン殿下の怒りが、銅板にあったミケの怒りが、彼の命に火をつけた。命を繋いだともいえる。この怒りは、あなたたちを害された痛みであり、不当に傷つけられたアルヴィン皇子のための怒りで、無念に死んでいく自分への怒りだ。この感情を否定できる? 」
「……できないな。できないよ」
ケヴィンはうなだれて、そして空を見た。赤く燃え盛るアルヴィンの怒りの大きさを見た。
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