五十五話
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レイバーンは、ダッチェスの訃報に「そうか」と一言、呟いた。
古びて黒ずんだ銅板の端には、真新しい断面の欠けがある。グウィンの指が、なめらかな飴色の断面を撫で、小さく祈りの言葉をつぶやいた。
「……あれは誇り高い人だった。私も、彼女に殉じる頃合いだな」
レイバーンはそう言って、息子たちに微笑んだ。憑き物が落ちたような笑顔だった。
「……グウィン。そろそろいこうと思うのだ。いいだろうか。あとは任せても」
「早く迎えに行くべきですよ。父さん」
「待ってる女が三人もいるんだからな」
グウィンが微笑んで言い、ヒューゴも軽く返した。
レイバーンはふと、微笑みを引き締め、まっすぐに瓦礫を眺めた。
「……最期におまえたちと話せて良かった」
「……それは本心からか? 」
「本心だとも。後悔は山ほどあるさ。けれど死人が遺せるのは、言葉だけだから」
グウィンの低い声が、銅板の文字を読み上げる。
本来なら、語り部自身が主の葬儀で口にする言葉だった。
「”硝子の靴を履き、葬列の末尾を踊ろう”
”涙を真珠に変えて撒き、野ばらの戦士の旅路を飾ろう”
”言祝ぐ詩はいずれ蒼穹へと刻まれる”
”硝子の棺は光なき場所へ収められる”
”しかし、その上には永遠を誓う野ばらが茂り、わたしが共に横たわる”」
言葉が音になるたび、銅板の文字が魔法の残滓で金色に輝く。
「”数多の言葉を墓標としよう。わたしは屍に寄り添うもの”
”九度の愛。九度の誓い”
”死も、時も、わたしとあなたを別たない”
”わたしはあなたに寄り添うもの。あなたを永遠に変えるもの”」
瓦礫の城でひっそりと、城の主が消えていく。
「――――”わたしは、あなたの葬列を言祝ぐもの”」
銅板が煌めいた。その光がグウィンを照らし、風が光をまとって巻く。
新たな王の生誕を祝福した銅板は沈黙し、あとには、古い王がいなくなっただけだった。
……地響きが聴こえる。
グウィンの背後で、門の向こうが急速に赤く染まった。
サリヴァンが足早に門の外へと駆け出す。城の全景を視界に入れ、サリヴァンは黒い目を大きく見開いた。
その目に映ったのは――――。
「―――――なんだ、あれは……っ! 」
ぐらぐらと揺れる地面に抗いながら、全員が城を出た。そして、頭上を覆うものに驚愕する。
ヒューゴの顔が悲しみと絶望に歪んだ。
「アルヴィン……!」
――――それは、さながら空に咲いた『紅い花』。
燃え盛る業火の花が、今にも落ちてきそうに空に咲いている。
固く結ばれた蕾の先は、いまにもほころびそうに、炎を吹いて揺れている。
その炎の先に、黄金に輝く人影がある。
全身からダッチェスを貫いた赤く焼け爛れた蔓を伸ばし、束ねて、体をくるむ翼の形に広げ、花芯のように逆さにぶら下がる人影がある。
火炎の紅い影は、フェルヴィンの空を覆う雲を照らし、世界を血濡れを思わせる真紅に染めていた。
「―――――『皇帝特権施行』。『剣の王』」
グウィンの低い声が、一行を正気に戻した。
紅い影に塗れながら、瓦礫がガラガラと音を立てる。最初は手。次に腕、肩、頭――――。
数は一そろいで十二。
『王』を守る近衛兵たちは、サリヴァンには見上げるほど大きな皇帝グウィンよりも、さらに二回りは大きい。
漆黒の鉄の体は、レイバーンのそれよりも洗練され、曲線的な線を描いている。露出した口元は優し気で、女性的である。兜の奥では、柔らかな赤い光が、大きく一つ灯った。
ガツン! と、グウィンの背後に立った『剣の女王』が、大盾を地面に突き立てた。
扇状に展開した兵たちもまた、盾を打ち鳴らす。
―――――ガン! ガガン! ガン! ガガン!
―――――ガン! ガガン! ガン! ガガン!
―――――ガン! ガガン! ガン! ガガン!
―――――ガン! ガガン! ガン! ガガン!
『皇帝』が拳を上げる。兵は静止した。
「行くぞ」
鬨の声が上がった。
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