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【完結】星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
後編 灼銅の魔人

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五十四話

今日最後の更新です。

次は深夜2時頃更新です。

「『銅板』にはね、力があるわ。男前さん」

 サリヴァンは視線で先を促す。

 体はどんどん前のめりに俯きがちになり、カップを持つ手が重そうに下がっていく。焚火の熱で温まりつつある体は、あきらかに休息を欲していた。


「いいこと? 『銅板』の原材料は『混沌の泥』。無限の可能性を司る素材よ? そして語り部は、そんな銅板に宿る魔人……。寿命は九人の主を看取るまで。どうして九人までか、わかる? 」

「機能限界だ。寿命がある」

「そう。九人までが、ぎりぎりあたしたちが許容できる人数なの。……その『許容するもの』って何かしら」

「……そりゃ、記憶とか記録とか、あとは魔力とかって……————あっ! 」

 サリヴァンは膝を叩いた。


「『語り部』の魔力を使えって? 」

「そうよ。役目が終わった銅板は、魔力を蓄えたただのレトロな板。それで「皇子を蘇らせる? 」そうよ! そうして! 察しがいいじゃない! 」

 ダッチェスの平手が、ばしばしと何度もサリヴァンの肩を叩いた。


「あたしの蓄えた魔力を使って、奇跡を起こすの。アルヴィン様を蝕むミケの銅板は、どうしたって一枚ぶんじゃあない。割れてるうえに、たった十四年分の魔力しか蓄えていないのよ。いくら肥大したとはいえ、あたしの二千年ぶんの魔力に勝てるかしら? 」


 サリヴァンの顔が明るくなったのを見て、ダッチェスは勝気な微笑みを浮かべた。瓦礫の上にカップを置き、ぐい、と力強くサリヴァンの手を取る。


「『教皇』の選ばれしもの。魔術師サリヴァン。あなたに託すわ。あたしのすべてで、奇跡を起こして。あたしで、ハッピーエンドを作って」

「……レイバーン帝に何も言わずに決めてもいいのか? 」

 ふはっとダッチェスは笑った。


「いいの! 今のあたしは、ただのダッチェス。レイバーンはあたしの大好きな人! それだけの話よ! お互いにもう先が無いんだから、好きなようにいくわ。でも、最後に別の男の手を握ってるっていうのは、あんまりよくないわよね」

 そう言って体を横たえたダッチェスの体を、金の燐光が包んでいく。


「……本当に、いいのか? 」

 ダッチェスの最後の言葉は、実にさっぱりとしたものだった。


「ばかね! 語り部が主に看取られるなんて、そんなの生涯の恥じゃない。やーよ! あたしは今のうちに消えとくわ。あとは任せたわよ」


 そう言って、ダッチェスはひらひらと、手袋をはめた手を振った。その瞳が最後にレイバーンがいる門の外の空を見た。

 光の粒になって消えた彼女のあとには、古ぼけた銅板が一枚、僅かな明かりの中で、残り火のように輝いていた。


 ●


 その物語は、一人の男の回顧録の形式で綴られていた。


 未熟児で生まれたこと。病気がちの身体への不安、恐怖。病床にこなれてきて、ベッドの中でいろんな遊びを考えたこと。両親のこと。姉のような語り部のこと。いつも一緒にいてくれたメイドのこと。二人の叔父のこと。両親の死を知った日のこと。部屋を出ていく叔父たちの背中。手紙。


 ある日、ベットから立ち上がって、語り部(あたし)の背を越しているのに気が付いたこと。


 湖を散歩したこと。ある女性と出会ったこと。皇帝ジーンのこと。結婚したこと。子供が生まれたこと。

 嬉しかったこと。

 悲しかったこと。

 すべては語り部ダッチェスが、レイバーンの目を通して見てきたことだ。


「……ほんとうは、もっと改稿を重ねて丁寧に組み上げたかった。ごめんなさい……ほんとうに時間が無かったの」

 語り部は、暗闇に向かって呟いた。


「……あたしは、たくさんの人に仕え、たくさんの最期を描いた。長い時、さいあくの時代にさいあくの最期を迎えた主人もいた。悪人も英雄も、言葉を話せないうちに死んでしまった子もいた。たくさんの物語を書いた。語り部だもの。どの物語が特別ということは無いけれど……。あなたが愛したもの。あなたが夢みたもの。あなたが許せなかったもの。あなたが守りたかったもの。あなたが遺したもの……それを想ったら、こんなものが出来上がったのよ。

 ふふ。こんなの初めてよ。あたしは、あなたの人生を悲劇にしたくなったのね。

 だって見て。この字の汚いこと! 溢れて止まらなかったの!


 あたし、分かったの。あなたが好きよ。あなたを愛しているわ。ほら、いつも泣いてしまうの。

 語り部にとって、主はもう一人の自分だもの。

 でも、ねえ、内緒よ……。

 あたしはあなたほど、可愛い主はいなかった。

 あなたほど誇らしい人はいなかった。

 あなたは英雄でも、最高の父親でもなかったけれど、あなたはあたしの、最高の主でいてくれた。

 あたしはあなたの人生を描けることが、こんなに誇らしい」


 インクが染まった指先が紙を撫でる。赤ん坊の髪を撫でるように。


「でも、ほんとうは、少しミケがうらやましいの……ああやって、まっすぐに主を想うことが出来ることがうらやましい……。

 主のために先にいなくなる語り部なんて、本末転倒だわ。憤死ものよ。でも、あたしだって、あなたのためにそうしたかったのに。

 それなのに、あなたが泣くから。あの子たちを想って泣くから。

 迷うあたしに「さようなら」を言うから。

 子供たちに、ばかなあなたの見えづらい優しさを届けられるのは、語り部のあたしだけだったから……。レイがあたしの、最期のひとだったから……。

 レイが好きよ。大好きよ。あたしの九番目のあるじ。あたしの最期のひと。

 こんなに愛おしい人間はいなかった。

 もし、語り部もあの世へ行けるのなら、約束通り、今度こそあなたと旅がしたいの。

 さようなら。さようなら。レイ、あなたを愛しています。レイバーン・アトラス。あたしの主人」


 ベルトに挟んでいた手袋を取った。

 すべてを描き切った今、これを再び脱ぐことはない。

 両の指をそろえ、目を閉じる。

 明かりなんてない暗闇だ。それでも、語り部は胸の内に祈るものを持っている。


「……どうか、この物語がハッピーエンドになりますように――――」


読了ありがとうございます。

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