五十三話
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卵から伸びたそれは、ダッチェスを貫いたまま巻き戻っていく。躍り出たのは長剣を構えたサリヴァンだった。刃が弾かれる。
左手に『銀蛇』を振りかざし、右腕を伸ばしながら、胸からダッチェスにぶつかっていく。黒衣の矮躯を抱え込んだサリヴァンは、棘に引きずられながらもダッチェスを離さなかった。ズルズルと少女の体の中を通過した棘は、名残惜し気に殻の中へと戻っていく。
「ダッチェス! 」
皇子たちが、サリヴァンの抱えた語り部に駆け寄った。
「ダッチェス……! おまえ、なぜ……!」
レイバーンは顔を歪め、石畳を叩く。
黒い卵の中で驚くほど小さな人影が、緩慢に立ち上がったのを、視線の端に捉えた。
「広間の外に! 」
グウィンが叫ぶ。瓦礫を飛び越え、一行は瓦礫の向こうへと駆け出した。
背後から破壊の音が響いている。ドン、と建物が揺れて、思わず振り向いた広間には、天井に大きな穴が開いているのが見えた。
赫赫と光があふれ、熱波が背中を焼く。地響きを立てながら殻を破った中身は、触手を伸ばして上へ、上へ。
地下にいるのは危険だった。
走り抜け、ようやく立ち止まったのは、サリヴァンがジジとともに巨人のスート兵を斃した、あの玄関ホールだった。
開け放たれた大扉の外では、いつしか雨が降っている。
サリヴァンがレイバーンの元へとダッチェスを運ぶと、ダッチェスはうすく瞼を開き、「……あたしってばかね」と、小さく自嘲した。白い額を、冷や汗が濡らしている。
「き……消えかけの、くせして……死んだ主を、守ろうとするなんて……なんってバカなの」
「ダッチェス、なぜこんなことを! 」
「わっかんないわよ、あたしにだって。あたしは、あたしのことが、いちばん分かんないだから……」
ダッチェスは顔を歪めながら笑った。
「大丈夫。もう少しは消えないわ。語り部はね、長生きするほど魔力を蓄えンのよ。年取ると無駄なことをしたくなるの。こんな傷、たいしたことないわ。王様でしょ……」
「……おまえ」
ダッチェスの額から流れる汗をぬぐおうと手を伸ばしたレイバーンは、その手が彼女に触れられないことに気が付き、こぶしに固めて床に下ろした。
ダッチェスはその手を引き寄せるように促し、自分の手と重ねて、頬に当て、苦し気に息をつくと、まぶたを閉じる。
「……あたしね、今ほど、子供の姿を恨んだことないわ」
「……なぜだ? 」
「絵にならないでしょ……女心が分かってないわね……ふふ」
「なぜ笑う? 」
「笑うしかないでしょ。……あ~あ。バカね。あんたもあたしも、二人とも。……いや、もうあんたは、あたしの主じゃあ無いのよね」
「………」
「ねえ……後悔があるなら、それを捨てる努力をすべきよ。レイバーン・アトラス。あたしはそうしたわ。したから、ここにいるの。今の状況は、貴方にとってチャンスだと考えるべきだわ。貴方には、やり直す猶予が与えられたのだから……」
それきり、ダッチェスは目を閉じて黙った。
やがて小さな寝息が、血の気を失った唇から漏れ出す。
その身体には、絶えず金色の燐光が纏わりついていたが、彼女が言うようにまだ消えるには猶予がありそうだった。
「……少し、彼女を見ていてくれるかい」
「はい」
サリヴァンが頷くと、レイバーンは立ち上がり、息子たちのほうへと歩いていった。
レイバーンと息子たちが、連れだって大扉の外の雨を眺めに行くと、サリヴァンの腰の下から伸びた影からジジが言った。
「……上手な狸寝入りだね。語り部が眠るわけないじゃない」
「あら、あたし、空気が読める女だもの」
ダッチェスは身を起こし、背後にあった大扉の残骸に背中を預けて座った。ジジもその隣へ腰を下ろす。
サリヴァンは無言で、火をおこし、温かい飲み物を作った。
「手際がいいもんね。でも、あたしはいらないわよ。語り部だもの」
「うちの魔人はよく食べるし飲むんだ。負担にならないのなら、湯冷ましくらい口に含んでもいいだろう? 」
まだ温かいカップを差し出され、ダッチェスは苦笑しながら両手で抱える。
「ねえ、魔法使いさん。ほんとうにアルヴィン様を助けられるの? 」
ダッチェスは微笑みながら、そう口火を切った。
「すくなくとも、もとの心は取り戻すことができるだろう。これがあれば」
サリヴァンは銅板を取り出し、ダッチェスに見せた。
「『星よきいてくれ』……あの子の詩歌の一節ね。らしい言葉だこと。『星』なんて」
ダッチェスは腕を伸ばし、指先で表面を撫でた。
「足りる? これだけで」
「あるいは」
「それじゃあ困るわ」
ダッチェスは憮然とした。
「ずいぶんと穴だらけの計画ねえ 」
「わかってるよ。準備に時間が足らない。かなり行き当たりばったりになる」
サリヴァンはぼりぼりと頭を掻いた。
「もったいぶらずに、知っていることを教えてくれ」
ダッチェスは喉の奥で、くくくと笑った。
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