五十一話
残り18話ほどで完結。
本日最後の更新です。明日はまた朝6時前後に更新します。
『次は冥界での情勢を』
アイリーンは『えーと』と、首をひねった。
『冥界は、死者の管理という点で、ひとつにまとまっている。この寄り合いを冥府という。それぞれの信仰ごとに分かれて活動しているが、死者の裁定という仕事はだいたい同じだから、ギルドみたいな感じだな。ここの神々は、程度はあれど真面目でルールに厳しい。よって、今回の事態にカンカンだ。積極的に、そっちに逃げ出した死者どもの情報を集めて犯人捜しをしている』
「犯人捜し? 」
『うん。神の協力が無いと人間の魂なんて、冥界からそう逃げ出せるものじゃあないからな。今回のことで、真面目に捜査に協力しないやつはその協力者かもしれないとまで言われれば、そりゃあ、必死に捜査するだろうさ。中でも伝令の神なんて一番忙しいのに第一容疑者なんだから、可哀そうだよな。やつは泥棒の神でもあるから、仕方ないことだがね』
アイリーンは、知り合いのような口調で軽く話題にする。
『で、あとは、なんだったかな。……あ、そうだそうだ。今回の『審判』は、神々の予定より数十年早かったらしい。魔術師が皇帝に無理やり開始宣言させたせいだ。予定がズレて、冥府はそれにも怒ってる。やつら、百年単位でスケジュールを組んでいるからな。対応に追われるほど怒りが募っているんだ。だからな、喜べよ。冥府の神々は、魔術師一派というイレギュラーを認めていない。こいつらの捕縛に協力すれば、交渉の余地があるぞ。サリヴァン、おまえの腕の見せ所だ』
アイリーンは耳まで裂けるような笑顔を浮かべた。それこそ蛇のような笑顔だった。
『おっと、呼ばれてる。そろそろ時間だ。また何かあれば呼べよ。じゃあな』
アイリーンが手を振って背中を向けて歩き出すと、青い輪郭が風に流れる煙のように解けていく。サリヴァンは詠唱を止め、深く長いため息を吐いた。
「じゃあなって……」
「よ、よかったな! お師匠さん、元気そうで」
ヒューゴが引きつった笑顔でサリヴァンの肩を叩こうとして、「あちっ」と飛び上がった。
サリヴァンの体の周りの景色が揺らめいている。風も無いのに髪が揺れ、逆立たんばかりだ。
「サリー、漏れてるよ」
ジジが呆れたように言うと、サリヴァンはおもむろに立ち上がり、山のほうへと歩いていく。
「悪いね。ちょっとだけ時間あげてよ。そのあいだ、こっちは情報を纏めとこ」
皇子たちは心配そうに、サリヴァンが消えた方角を見た。
●
サリヴァンは森に分け入り、きょろきょろとあたりを見渡した。木々と山肌の隆起が、うまく皇子たちからサリヴァンの姿を隠している。
「こっちだ」
かけられた声に、サリヴァンは振り返った。青い燐光をまとい、少年が立っている。
「ジーン・アトラス……」
「きみか。冥界の気配が吹いたから、魔術師かと思って来たんだが。しかし、逆に都合がいい」
「魔力が流れる気配があったので……それで何か? 」
ジーンは、アルヴィンの顔を悲痛に歪めた。
「たずねたかった。わたしの復活に使われた頭蓋骨を、あの子に返すことはできるのか、と」
サリヴァンは首を振った。
「わかりません。生贄を使って死者を蘇らせる魔術は、現代では失われています。おれにはその知識がない。戻したところで、もとのようになるとも言えない」
「……では、急いでくれ。アルヴィン皇子はレイバーンが抑えているが、それも限界が近い。加勢してあげてほしい。あの子を解放してやってくれ」
ジーンは祈るようにサリヴァンへ頭を下げた。
「頼む」
「……そのためにここに来たんです」
「感謝する。わたしは引き続き、魔術師を探すよ。やつを叩けば、すくなくともやつが操る亡霊は消えて、この事態は好転するだろう」
そう言って、ジーンの姿がふっと掻き消えた。気配の残滓も、霧の中に融けていく。
たしかに、急がなくてはならない。この海層が冥界に沈めば、生者である人間は、本人がそうと分からぬうちに引きずり込まれるだろう。そのとき、最も早く影響が出るのは一度たしかに死んでいるアルヴィン皇子だ。あの体は、冥界にも適応するだろうが、一度変質したものをもとに戻すことは、きっと不可能だ。そういう意味では、頭蓋骨を取り戻したところで無理だろう、とサリヴァンは思っている。
(でも、師匠なら)
神の奇跡があったなら。だからサリヴァンは、『わからない』と言った。
ポケットに入れたままの銅板の存在を確かめる。サリヴァンには、奇跡は起こせない。
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