五十話
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サリヴァンが占いや呪術のたぐいを苦手としているのは本当だ。本来なら、そういった術は基本中の基本でありながら、極めようと思っても極めきれない、奥の深い一道である。
祈祷師、霊媒師、巫女、預言者、占師などがその筋を極めた専門家であるし、師であるアイリーンも、『時空蛇の化身』で『神の声を聴いて予言する』という立場上、巫女という扱いを受けることもある。そんな師を持っているのに、サリヴァンはそういった人たちから、「お前には神の声を聴く適性が無い」と言われ続けて来た。しかしその信心深さから「神に愛されてはいる」「声が聴こえないから、力を借りるというよりも、押し付けられている」というのだから、奇妙なものだった。
だからサリヴァンは、『神の声が聴こえない』のに、シンプルに『火力がある魔法が得意』である。
そんなサリヴァンという魔法使いに、ジジという魔人の性質は、欠点を補うという点でぴったりとはまっていた。ジジは、『意志ある魔法』である。陰に潜み、ときに不可視の微細の粒となり、この世界に潜む。
サリヴァンは、例えるなら、蛇口から流れた水をまき散らすことでしか魔法を使えないが、ジジは、水を溜めたり、シャワーにして広くバラまいたり、湯気にしたり、凍らせたり、それを利用して室温を下げたり上げたりすることが出来る。
グウィンは、山肌を背にするサリヴァンから少し離れたところで座った。サリヴァンに指名されたヒューゴだけが、近くでひかえている。
時刻は昼を過ぎ、日暮れまであと一時間といったところだろうか。厚い黒い雲がねっとりと空を流れ、ときおり真紅の陽光が斜めに射し込んだ。
(黄昏時はいい時間だ)
サリヴァンは小さく、呪文を呟いた。
魔法使いが神に語り掛ける言葉は、自分で組み上げなければならない。借りものではない自分の言葉で、神々にお願いをするのである。しかしある程度の定型文はある。冥界の神ならば、『魂の裁判官』、『平等を敷く者』、『秩序の管理者』、『沈黙の吐息』などがそれだ。しかし、思春期が終わりかけた少年には、こうした呪文を堂々と口にするのはいささか恥ずかしい。
サリヴァンは、自らの内側に流れる血を意識した。
『深く』、『繊細に』、ふだん意識しない自分を構成するものたちを手繰り、その先に通ずる道を探す。ジジの鋭敏な感覚を借りながら。
本来なら、牛一頭でも二頭でも生贄を捧げるべきだが、そんな用意があるはずもないので、サリヴァン自身の髪と血で代用する。恐れ多くも、冥界の神そのものを呼ぼうとは思っていない。真意を探りたいのだから、それを知っている死者の魂を呼び出すつもりだった。血筋で土地との縁は結ばれているはずだから、声を掛けて手を貸してくれる霊がいる可能性に賭けた。
内側に潜ると、不思議と周囲のことが分かってくる。
やがて、右斜め後ろで座っているグウィンが、何かに反応して身じろぎしたのが分かった。
冥界神の使者がやってきたのだ。サリヴァンは、呪文が途絶えないようにする。
最初から、サリヴァン自身には質問はできないと想定していた。質問するのは、ヒューゴに頼んである。神々は芸術家を好むからだ。
「貴女は……いや、あなた様は……」
ヒューゴの驚愕する声が聴こえてくる。膝の上で丸くなっていたジジが、パチッと目を開けて身を起こした。ジジの金色の瞳を通じて、その姿が、サリヴァンにも見える。
『おや』
呪文がもつれそうになった。
『元気そうだな。サリヴァン』
ヒューゴがサリヴァンの殺気迫る顔を見て焦っている。なにせ亡霊を呼び出したつもりが、なぜか自分の師匠が出てきたのだ。
アイリーン・クロックフォードは、青白い輪郭をまとってふわふわとサリヴァンの顔の前で手を振っている。サリヴァンが呪文を唱え続けなければならないことが分かっていて、わざとやっているのだ。
ヒューゴはなんとか、サリヴァンがほしい質問をひねり出した。
「あー……あの、いまどこにいるんですか? 」
『冥界だ。見ての通り。ただな、死んだわけじゃあないぞ。心配するな。こっちでの用事が終わったら合流する』
「その用事とは……? 」
『身辺調査だ。冥府から脱走して悪さをしている輩がいるんだろ? 死者を蘇らせているふらちものだ。そいつらがどこの誰かを突き止めてくる。なあに心配するな。冥界は初めてじゃない。そういえば、そっちはどうやら色々大変だったようだな。死にかけたりもしたようだ。しかし死んでいない。よくやった』
サリヴァンの額に青筋が浮かんでいる。心配はしていないようだ。
『ふむ。質問が無いなら、必要だと思われる情報を勝手に喋るが』
黒髪の麗人は、我が子そっくりに顎に手を当てた。
『そうだな。まずは警告から。皇帝と教皇、そしてわたし、女教皇。あとはまだ出現していない女帝。この四つには、特別な機能がある。他人に『継承』することができるんだ。王位だからな。方法は二つ』
アイリーンは、指を二本立てた。
『それは『譲位』か『簒奪』だ。『譲位』はようするに、後継者と定めたものに、王の側から与えること。『簒奪』は、言葉のとおり王から力づくで位を奪うことだ。王を暴力で下し、『簒奪』を宣言することで王位が移動する。皇帝よ。ではここから導き出される、敵側の戦略は? 』
「……『簒奪』のルールを使い、『皇帝』を奪うことでしょうか。でもそれなら、父を下したときにできたのに」
『いいや、できなかった。なぜなら『審判』はまだ始まっていなかったからだ。そしてレイバーン皇帝が亡霊となった時点で、選ばれしものとしての『皇帝』の力は万全といえなくなる。やつらは生きた人間を操ることはできないから、レイバーンを殺し、皇太子が継承するのを待ち、そして改めて『簒奪』に動くしかない』
「たしかに。『審判』を利用してことを成そうというのなら、敵一派はより多くの選ばれしものを集めたい。それなら選ばれるのを待つのではなく、奪えるところから奪う、と」
『うむ。そういうことだ。ちなみに皇帝は武力を。女帝は財力を。教皇は知性を。女教皇は信仰を司る。王たちはその化身である十三体の兵を呼び出して使う。スート兵という、金属の戦士たちだ』
「父上が使っていたという」
『皇帝は鉄。教皇は銅。女帝は金。女教皇は銀の私兵を呼び出す。まあ、うまく使え』
「使い方は? 」
『そのときになればわかる。そういう機能だ』
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