五話
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サリヴァンが眠りについたことを確認して、ジジはそっと抜け出した。
ケトー号の脇にいるヒースの姿をみとめると、わざと音を立てて扉を閉める。
「眠れないの? 」
頭を向けずにヒースが言った。
「魔人は眠らなくていいんだ」
「そうなんだ」
ヒースの手元には、露店で買ったばかりのランプがあった。部品が解体され、その内部にヒースが手を入れている。
「何してるの」
「魔法仕掛けに改造してるんだよ。火を使うと、どうしても煤でだんだん汚れてくるだろう? たとえば船なんて密閉空間だから、換気もままならないしね。まあ、これはガラスを使ってるから僕は使えないんだけど。サリーだって、冬の日に窓を開けずにこれを点けたいときがあるだろうからさ」
「ふうん」
「興味ないでしょ」
ジジは素直に頷いた。
「うん。ぜんっぜん」
「素直だな」
気を悪くしたふうもなく、ヒースは笑った。
「何か気になることでもあったかな」
「サリーが訊かないからボクが訊くけど、いくつかおかしいことがあるんだよね」
口火を切ったジジを、真顔のヒースが見つめた。
「『魔の海』を突破するのに五日かかるんだってね。ボクとサリーにはそのあいだの記憶がない。ボクはまだしも、サリーは普通、五日も飲まず食わずだったら体調になんの変化も無いのもおかしい」
「うん。そうだね」
「手段にはもう突っ込まないけど、サリーを連れて来たのが誰かはわかる。アイリーンさんだね? 」
「さあ。現場にいなかったから、なんとも言えないかな。なんせそのころの僕は、魔の海の中だったもの」
ヒースはにっこりとして、続けた。
「ジジ、きみが気に食わないのは、自分にもここに来るまでの記憶が無いからだろ? 」
「そうだよ。分かってるんじゃないか」
ヒースの、こうして察しのいい所が、ジジは嫌いではなかった。ヒースの正面に浮かび上がって視線をあわせると、真剣な瞳が正面から見返してくる。
「ボクの機嫌が悪い理由は、あんたの母親が、弟子のサリーだけじゃなくてボクまで騙したってところだ。ボクはサリーの魔人だよ。ボクはサリーに何かあったときの最後の抑えであるべきだ。こればかりは、師匠のアイリーンさんにも、幼馴染のキミにも譲ることはできない。主人を守ることは、魔人の存在意義に関わってくるものだからね」
「驚いたな。ジジはサリヴァンのこと、主って認めているんだね」
「茶化さないでよ。ボクとサリーが魔人と魔法使いである以上、そういう関係でないといけないんだ。サリーの魔人であるボクが、アイリーンさんとアナタを信頼しているのは、アナタたち親子が、サリーの命を絶対に粗末に扱わない人だからだ。その大前提があるってこと、忘れないでほしいんだよ」
「勘違いするようなことは慎めってことね。オッケー」
「キミたちの関係を侮辱するつもりはないよ。でもボクは、この二年しか知らない。……アイリーンさんにとって、サリーがどういう存在なのか。今後どうしたいのかも、ボクはまだ知らないんだ。弟子として大切にしているのか。それとも……大事に大事に育てて、最後は収穫するような『もの』なのか。たまに疑いたくなる」
「ぼくの大事な人を心配してくれてありがとう」そう言って、ヒースは満足げに微笑んだ。
「そういうきみだから、母さんもサリーの傍にいることを許したんだろうね。きみは予想以上にサリーを大事にしてくれているみたいだ」
「やめろよ気色悪い。まだたった二年の付き合いだ」
「年月じゃないさ」ヒースは首を振って、繰り返した。「こういうのは年月じゃあないんだ」
「サリーの側にきみがいてよかった」
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