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【完結】星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
後編 灼銅の魔人

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四十八話


 戻り、進み、また戻り。一行は、ようやく地上に顔を出した。

 空にはどす黒い雲が厚く垂れこめ、まるで岩を切り出したようだ。全員が、知らずのうちに細かい土埃を被っていた。

 王城地下は、やがて岩の洞窟に変わり、その出口は、鉱山跡とみられる山の中腹にあった。

 グウィンをはじめとしたアトラス兄弟たちは、サリヴァンの合図で外へ出た。低い裸木がまばらに繁っているだけで、見通しのいい急こう配の坂が、ずっと下のほうまで続いている。

 思っていたより小さく西の方向に王城が見えた。その下、南に城下町が広がり、さらにその先に墨を流したような黒い海が見える。

 ヒューゴがぺろりと唇を舐めた。


「こりゃあ二手に分かれるべきだな」

「そうだな。ケヴィンが限界だ」

「ちょっと待ってください! 」

 兄と弟の言葉に、洞窟の壁で休憩していたケヴィンは、慌てて立ち上がった。


「兄さん、僕はまだ大丈夫です! 」

「これ以上はおまえの体力がもたない。二手に分かれて、おまえはヒューゴと先に船を待つんだ」

「兄さん、僕は」

「兄貴。あんたは足手まといになるって、兄さんは言ってるんだぜ」


 ケヴィンが鋭くヒューゴを睨んだ。ヒューゴは伸びた顎の髭を触り、逞しい肩をすくめる。


「体力の問題だけじゃない。兄貴は精神的にも追い詰められてるだろ。自覚無いのか? 」

「そんなことはない! 」

「じゃあ自覚させてやる。国を出てばっかりの俺たちと違って、父さんの一番近くにいたのはケヴィン兄さんだった。父さんのこと、アルヴィンのこと。一番責任を感じてるのはアンタのはずだ。分断する意味もあるんだぜ。アンタの頭の中には、父さんとの仕事の一切が入ってるだろう。グウィン兄さんが皇帝となった今、仕事を引き継ぐにはアンタが死んじゃあいけないんだ。ケヴィン・アトラスほどの人が、そんなことも分からなくなってンのがヤバイって言ってるんだよ! ここまで言ったら分かるだろ! 」


 ケヴィンは青ざめた顔で苦し気に呻いた。その息は浅く、肌に血の気は無い。青い光彩の瞳は充血し、疲労に暗く濁っている。


「……わかった。でもヒューゴ、おまえは兄さんたちと行け。体力馬鹿なんだから」

 ヒューゴは片方の眉を上げていたずらっぽく笑った。

「いいのかよ? 」

「一人じゃない。マリアがいる」

「駄目だ! ヒューゴもケヴィンと行け! 」

 声を荒げたグウィンを、弟たちの四つの青い目が射貫く。


「いいや。おれは決めたぜ、兄さん。ケヴィンも港くらい行けるだろ。いい大人なんだから」

「陛下……いいえ、グウィン兄さん。これから父上に会いに行くのでしょう? なら、ヒューゴがいたほうがいい。こいつは逃げ足が速くて決断力にも優れている。成人男性一人の力は侮れません。親戚といえど、外国人の少年一人をあなたの伴にするのは、あまりに道理が違うでしょう。こいつなら、迷いなく迅速に、あなたの盾になるはずだ。そうだな? 」

「おーおー。ケヴィン兄上ったら言ってくれんじゃねーの」

「僕と違って、こいつは血の気も体力も残ってます。兄さん、僕は逃げるだけだ。でもあなたたちは戦いに行くんだ。ここでヒューゴを介助に借りて兄さんが死んだら、僕はヴェロニカ姉さんに顔向けできない」

「ケヴィン兄さんがこう言うんだから、おれは陛下のほうへ着いてくぜ」

「兄さん」

「王よ」

「……ああ、もう! わかった! 悪かったよ! 」


 グウィンは顔を拭うように手の平で覆って深いため息を吐いた。

「私にとってはね、お前たちはいくつになっても守るべき可愛い弟なんだってことを忘れないでくれ! 」


 ヒューゴとケヴィンは顔を合わせて肩をすくめた。

「兄さん、おれたちもう三十路男なんだけど? 」

「いくつになってもって言っただろ! 」

「爺さんになっても、『可愛い弟』なのか? 」

「当たり前だ! いいか、忘れるなよ。ぼくはまだまだモニカと結婚して我が子を抱くつもりだし、姪や、甥や、その子供や孫たちに囲まれて誕生日を祝ったり祝われたりするつもりでいるんだからな! いいか、お前たちの子孫もそこにいる予定だ! もちろんサリヴァンくん! キミもだぞ! おまえたち自身もだ! 一人残らず欠けるのは許さんからな! 」

「そこにアルヴィンはいるのか? 」


 ケヴィンが、はっと息を飲んだ。

「当たり前だろ! それがぼくの夢だ! 」

 グウィンは胸を張った。

「アルヴィンも連れて戻る! この国で、みんなで……! それがぼくの夢だ! 」



 無理だわ、とダッチェスは冷めた目で皇子たちを見つめる。皇子たちはまだ、アルヴィン皇子がどういう状況下にあるのかを知らない。どこかに死体でも転がっていると思っている。

 アルヴィン皇子を蝕むのは、よりにもよって神の作り出したもの。そこに宿るのは、皇子自身から生まれる感情だ。無限の燃料をもとに動き続ける永久機関。それが今のアルヴィンだった。


「……救えるよ」

 そのとき、心の中を覗いたように声がした。


「アルヴィン皇子を救いましょう。必ず生きて、兄弟全員がヴェロニカ皇女と再会できます」


 サリヴァンだった。

 眼鏡越しの目が、ちらりとこちらを見る。喋るつもりか。いまのアルヴィン皇子の現状を。

 皇子たちは絶望するだろう。無謀にも立ち向かい、『皇帝』を喪うかもしれない。


「待っ――――」

「うちのご主人様が、できるって言ってんだけど? 」

 ジジが子猫のようにダッチェスの襟をつかみ、口を覆った。目を細め、ニイ、と耳まで裂けるような笑顔を浮かべて、ひどく上機嫌だ。

「よかったね。このお話の結末は、ハッピーエンドになるんだよ」

(ああ……)



黄昏の国フェルヴィン。

赤い空に沈む国を一望しながら、ダッチェスは、自分の胸の内に問いかける。

 主の命を救おうとしたミケ。

 何もしないで見届けた自分ダッチェス


(……ねえ、レイ。あたし、これで良かったのかしら)

 ダッチェスには分かっていた。

(あたし、どうしたら良かったのかしら……)


 あのときレイバーンは、『気にするな』という意味で、「大儀であった」と口にした。


(嗚呼……! あたし、認めるわ! ミケがうらやましいと思ってる! このあたしが、うらやましいと! そう思ってるのよ! レイ! あなたがそうしたの! )


 ダッチェスはインクに汚れた指先をさすった。西の空の下にある灰色の王城。そこにいる主を想って祈っていた。

(あたし、いま会いに行くわ……待っていてね。レイ)

読了ありがとうございます。

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