四十七話
ダッチェスは、皇子たちとともに薄暗い回廊を走り抜けながら、自らの短い手足を恨んだ。先導しているのは、同じ語り部のトゥルーズである。細身の青年の姿をした語り部は、かつて『無能王』と呼ばれた皇帝付きだった。この入り組んだ地下の迷路から地上へ出る道を知っているのは、この場では彼とダッチェスだけだった。
語り部は、取る姿が主の心に依存する。だから純粋な力は、見た目には依存していない。しかし、この足の短さはそのまま足の遅さを意味している。ケヴィンの語り部マリアは、華奢な娘型の語り部である。ダッチェスは、そうそうに六世紀も若い彼女の腕に抱えられて回廊を運ばれている。女の細腕に見えても、語り部……いや、魔人ならば、疲れ知らずで子供一人抱えて走るなんて朝飯前なのだ。ダッチェスは手足を曲げて荷物に徹しながら、むう、と唇を尖らせた。
ダッチェスと同じように、ベルリオズの腕の中にも運ばれている同行者がいる。第十八海層からやってきた少年魔法使い。コネリウス皇子の曾孫。その姿は、コネリウスに似ているところなどほとんど見受けられない。
(似てるのは声くらいかしら? )
立ち上がった熊ほどもあったコネリウスの太い首から出ていた声と、この小柄な少年から出る声は、驚くほど似ている。人間と違い、永久に記憶が薄れることがない語り部のお墨付きなのだから、間違いない。
不思議な気分だった。
まるで、まだジーンとコネリウスがこの国にいたころに自分が戻ったかのようだ。彼らがまだ英雄では無かった時代、主レイバーンは、ようやく字が読めるようになったころで、レイバーンは双子を兄のように慕っていた。激動の時代が訪れる少し前、束の間の平穏であった。
そのコネリウスの曾孫と、レイバーンの子供たちが、ここでこうして邂逅し戦っている。
きっかけはアルヴィン皇子だ。あの、夭折が定められていた命をきっかけにして、ダッチェスが驚くことが立て続けに起こり続けている。
人間には継承という機能がある。語り部の主への『愛』は、記録すること。物語として、永久に語り継がれるようにすることだ。語り部自身にも、かつての主の魔力とともに記録が残り、語り部ごと次の主へ継承される。
ダッチェスの脳裏に、たったひとりの主に身を捧げたミケの姿が蘇る。
語り部は、本体の銅板だけは、主にも見せないし触れさせない。それは心臓であり、脳であり、血肉であり、魂であるから。例外は、王を継承するときだけ。ミケはつまり、心臓も、脳も、血肉も、魂も、アルヴィン皇子ひとりの運命のために捧げたのである。
(ミケ。それは『愛』というものが成せることだったの? )
ダッチェスなら、アルヴィンの命が潰えた時点で、その人生をどう描くかと考える。それが終われば次の主を待つことになるので、出会いに期待を持って眠りにつく。
語り部の記憶は劣化することなく、過去の主の記憶は、記録として語り部の中に残る。愛すればこそ、語り部は主の死を恐れない。
主の死は悲しいが、悲しみは、物語を紡ぐための良い材料でもあるのだから。
そのとき、回廊を駆けるマリアの足が止まった。周囲を見れば、全員が足を止めている。
「どうしたの」
「ダッチェス様、道が……」
マリアがおずおずと頼りない声で言い、前方を指した。暗闇のように見えたそこは、グウィンが灯りを向けると、その全容をさらけ出した。思えば、何度も大きな地揺れがあった。通路の一つやふたつ、崩れていてもおかしくなかったのだ。
「引き返しましょう。別の道を行くのよ」
マリアの腕から降り、ダッチェスは短い腕を大きく振って、もと来た道を指し示した。
「だいじょうぶ! まだまだこれから。道はいくらでもあるんだから! 」
指先から、ぽろぽろと黄金の光の粒がこぼれている。
(危ない、危ない。思っていたより時間が無いわね……)
魔法使いが目を覚ます。それを遠目に眺めながら、ダッチェスは慌てて腕を袖の中に納めた。
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