四十六話
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《 警告 》
《 警告 》《 警告 》
『フレイヤの黄金船』が、大きく揺れた。
「ダッチェス! 戴冠の儀式は完遂されたのか!? 」
「ええ! 」
「儀式が終われば船が落ちるってことか!? 」
「それはありません! 原因は別の何かですわ! 」
絨毯の上に寝かせたままのサリヴァンを前にグウィンは少し悩んで、その体を肩に担ぎ上げる。魔人ジジは、サリヴァンの昏倒と同じくして、彼の『影』に戻っている。
グウィンは頭一つ小さい自らの語り部を見下ろし、短く言葉を交わした。
「ベルリオズ。私にできるか? 」
「はい陛下。あなた様はもう『皇帝』です」
「そうか。みんな! 船を出るぞ! 」
先導しようとしたダッチェスをケヴィンが支えた。
代わりにまっさきに外へと飛び出したのは、語り部トゥルーズである。
一歩、船から出たトゥルーズは、胸元をかすめた火炎にあやうく焼かれるところだった。後ろに倒れ込んだトゥルーズを抱えながら、その襟首を掴んだままのヒューゴが冷や汗をかく。
「っぶねえ……」
ごちたヒューゴは、次の瞬間には、視界を埋め尽くすほどの怪物の巨体に目を見張ることになる。
「それが貴様の答えか! アポリュオン! 」
鋭い女の声が飛んだ。
船の遥か上空に、炎の大蛇の額に足を乗せ、すらりとした姿が立っている。炎を背負った黒い影は、髪をなびかせて真紅の瞳をマグマのように滾らせていた。
怪物――――アポリュオンの黒い巨体は、その炎蛇に照らされ、油で濡れたように赤く光っていた。馬頭についたくちばし状の口が開き、煤の混じった息を吐く。
「貴様が人であるのなら……ここで死ね! 陰王! 」
アポリュオンの翼が泥のような黒い光をまとう。羽ばたきと共に飛沫になって飛び散るそれは、アポリュオンが持つ深淵から汲みだした毒であった。
「小僧ども! 」陰王が叫ぶ。
「何をしている! グズグズするな! 早く城に戻れ! 」
「あなたは」
「我が名はアイリーン・クロックフォード! 時空蛇の担い手にして陰王、『女教皇』の選ばれしものなりて! 」
アイリーンが中空へ伸ばした手が、炎をまとって銀の錫杖を握る。それを火炎を掻き回すようにくるりと回し、アポリュオンに突きつけた。
アポリュオンがより強く羽ばたこうとする。毒の風を遮って、あらたに生まれた鎌首を持ち上げた炎蛇たちが立ち向かう。
「――――――『皇帝』よ行け! 我が弟子を頼んだぞ! 」
頷いて、グウィンは見えない回廊を駆け抜けた。
皇子たちが消えた縦穴で、アポリュオンはまた煤混じりの息を吐く。苛立たしげに火花を混ぜた溜息を吐いたアポリュオンは、ゆっくりと何度か首を振った。
「……陰王アイリーンよ。もう一度言う。人の身にはこのアポリュオンの相手は荷が重かろう。素直にこちらへ下れ。さすれば貴様は丁重なもてなしを受けよう」
「気が変わったのはどういう心境の変化だ? アポリュオンよ、貴様こそ、先ほどまでは確かに退くつもりであっただろう? 」
「――――ああ。確かに。確かに……先ほどまでは闘気が失せていた……しかし、こちらにも事情があることを思い出した。それだけさ」
「その事情とやらは、つまりこういうことか? 時空蛇よりも、『魔術師』とやらのほうが恐ろしいと思い直したというところか? 」
アイリーンは失笑した。「あれこそ、《《たかが人間ふぜい》》の亡霊だろう? ……これ以上堕ちるか? 奈落の王、深淵の怪物アポリュオンよ」
アポリュオンの瞳が目に見えて怒りを宿す。
「――――貴様にわかるか! 」
毒の唾を吐いて叫ぶアポリュオンに、アイリーンは錫杖を構えた。
「御託はいらん! ならば貴様と矛を交えるのみ! 私は一度も対抗する術がないとは言っていないぞ、アポリュオン! 見下し続けた人間の手で焼かれる屈辱を、その臆病な性根に叩きこんでやろう! 」
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