四話
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「僕は二日ほど前からこの国に入っていてね。食事に関しては朝晩といろいろ試したから、聞いてくれるといいよ」
「パンと飲み物があれば、なんでもいい」
身なりを整えたサリヴァンは、げっそりと腹を撫でた。跳ね回る赤毛を頭頂部と耳の中間くらいの高さでひとつに結い、シャツの上に一張羅のコートを羽織り、ブーツの泥をぬぐって眼鏡をかけた姿だ。
「だめだめ、バランスよく食べないと」
「お前が言うか? 」
「あのおかゆ、栄養あるんだから」
「栄養なんて、ぜんぶ煮殺してそうな見た目だったぞ。あんなのいつも食べてるのか? 」
「毎日きみの手料理が恋しい日々だよ。ざんねんなことに、僕の料理の腕は母譲りだ」
ヒースの口からは、とめどなく軽口が零れ落ちた。しぐさもどこか芝居がかって大きいが、それが嫌みにならない華やかさと話術がある。
ふたたび街の中に戻ってくると、店や客の様相も、夜の仕様になっているように思えた。
要望のパンは、平たくて粉の吹いた、硬くて酸いものだった。
「発酵しすぎてる味がする」
「さすがだねぇサリー。この国じゃ、保存のためになんでも発酵してる。酸っぱいか、しょっぱいかだ」
「いや、こういうのはスープと食べるとちょうどいいんだ」
「よかった。バランスよく食べる気になったみたいだね。さぁ行こう」
親切な老人のアドバイスは、おおむねその通りだった。
「フェルヴィンは陽が射さないから、食文化がそのまま保存の歴史なんだよ。そのパン、麦じゃなくて豆の粉なんだって。本来の主食は、その豆をくったくたに煮込んだやつ」
ヒースは屋台のひとつを指す。
「ああ、あれか。……あれかぁ」
「ゲロみたいだ」
サリヴァンは、ジジの頭をすぱんと叩いた。
「言うなよ。……魚がうまいな」
「うん。魚はだいたいなんでも食える。脂がのってるし、しょっぱいだけじゃない」
「塩加減もちょうどいいし、生臭くない。香辛料がいいな。知らない香辛料だ」
「でも、それ以外は、ぜんぶしょっぱいし臭いし酸っぱい」
「この国、外国人は来ないからね。独自の食文化なんだ。大丈夫、ちょっとお腹が活発になるくらいだから」
「……大丈夫なのか? それ」
「この国の人はみんな丈夫で健康だよ。しばらくおならが止まらなくなるけど、一日あれば慣れる」
「なら、ボクには効かないな。魔人の姿はただの擬態だもの」
「そうなのか。じゃあ、美味しそうなものはいっぱい試してみるといいよ」
「おまえの腹で一日なら、おれなら一週間だぞ」
「お腹を壊すわけじゃない。そこは保証できるさ」
腹が満ちてくると、疲れが押し寄せた。しかしサリヴァンは気を引き締め、摂取した栄養を体に巡らせるように、頭に指令を出す。
「……なあ、エリ」
船着き場への帰り道、サリヴァンが子供のころの呼び名で幼馴染を呼び留めると、ヒースは笑顔の中に硬いものを忍ばせて振り向いた。
その顔で、サリヴァンの頭も急速に醒めていく。
ヒースは穏やかに口を開いた。
「久々に会ってわかった。きみはなんにも変わっていない。きみはいつも通りでいい。母さんのもとで学んだことを生かすんだ」
「肝心な内容は言うつもりがないのか」
サリヴァンは、わずかに失望をにじませた。
「うーん、それは」ヒースは自分の前髪をかき混ぜた。端正な顔立ちと、意志の強そうな紺色の瞳があらわれる。視線はそらされて少し地面をうろつき、ふたたびサリヴァンに定まった。
「実をいうと、僕もここで待てと言われただけだ。僕のおせっかいで母さんの預言がずれるとも言われた。それに内容といっても、すべては状況を見た僕の推測にすぎない。今はその時に備えて、食べて、眠って、蓄えるべきだ。そしてきみは、つねに備えてきた人だ。そうだろ? 」
サリヴァンは大きく息を吸って、吐いた。肺に満たされたのは、故郷から遠く離れた土地の空気だった。
「そうだな」
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