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【完結】星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
前編 シリウスの魔術師

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四話

 ●


「僕は二日ほど前からこの国に入っていてね。食事に関しては朝晩といろいろ試したから、聞いてくれるといいよ」

「パンと飲み物があれば、なんでもいい」


 身なりを整えたサリヴァンは、げっそりと腹を撫でた。跳ね回る赤毛を頭頂部と耳の中間くらいの高さでひとつに結い、シャツの上に一張羅のコートを羽織り、ブーツの泥をぬぐって眼鏡をかけた姿だ。


「だめだめ、バランスよく食べないと」

「お前が言うか? 」

「あのおかゆ、栄養あるんだから」

「栄養なんて、ぜんぶ煮殺してそうな見た目だったぞ。あんなのいつも食べてるのか? 」

「毎日きみの手料理が恋しい日々だよ。ざんねんなことに、僕の料理の腕は母譲りだ」


 ヒースの口からは、とめどなく軽口が零れ落ちた。しぐさもどこか芝居がかって大きいが、それが嫌みにならない華やかさと話術がある。

 ふたたび街の中に戻ってくると、店や客の様相も、夜の仕様になっているように思えた。

 要望のパンは、平たくて粉の吹いた、硬くて酸いものだった。


「発酵しすぎてる味がする」

「さすがだねぇサリー。この国じゃ、保存のためになんでも発酵してる。酸っぱいか、しょっぱいかだ」

「いや、こういうのはスープと食べるとちょうどいいんだ」

「よかった。バランスよく食べる気になったみたいだね。さぁ行こう」


 親切な老人のアドバイスは、おおむねその通りだった。

「フェルヴィンは陽が射さないから、食文化がそのまま保存の歴史なんだよ。そのパン、麦じゃなくて豆の粉なんだって。本来の主食は、その豆をくったくたに煮込んだやつ」

 ヒースは屋台のひとつを指す。


「ああ、あれか。……あれかぁ」

「ゲロみたいだ」

 サリヴァンは、ジジの頭をすぱんと叩いた。


「言うなよ。……魚がうまいな」

「うん。魚はだいたいなんでも食える。脂がのってるし、しょっぱいだけじゃない」

「塩加減もちょうどいいし、生臭くない。香辛料がいいな。知らない香辛料だ」

「でも、それ以外は、ぜんぶしょっぱいし臭いし酸っぱい」

「この国、外国人は来ないからね。独自の食文化なんだ。大丈夫、ちょっとお腹が活発になるくらいだから」

「……大丈夫なのか? それ」

「この国の人はみんな丈夫で健康だよ。しばらくおならが止まらなくなるけど、一日あれば慣れる」

「なら、ボクには効かないな。魔人の姿はただの擬態だもの」

「そうなのか。じゃあ、美味しそうなものはいっぱい試してみるといいよ」

「おまえの腹で一日なら、おれなら一週間だぞ」

「お腹を壊すわけじゃない。そこは保証できるさ」


 腹が満ちてくると、疲れが押し寄せた。しかしサリヴァンは気を引き締め、摂取した栄養を体に巡らせるように、頭に指令を出す。


「……なあ、エリ」

 船着き場への帰り道、サリヴァンが子供のころの呼び名で幼馴染を呼び留めると、ヒースは笑顔の中に硬いものを忍ばせて振り向いた。

 その顔で、サリヴァンの頭も急速に醒めていく。

 ヒースは穏やかに口を開いた。


「久々に会ってわかった。きみはなんにも変わっていない。きみはいつも通りでいい。母さんのもとで学んだことを生かすんだ」

「肝心な内容は言うつもりがないのか」

 サリヴァンは、わずかに失望をにじませた。


「うーん、それは」ヒースは自分の前髪をかき混ぜた。端正な顔立ちと、意志の強そうな紺色の瞳があらわれる。視線はそらされて少し地面をうろつき、ふたたびサリヴァンに定まった。


「実をいうと、僕もここで待てと言われただけだ。僕のおせっかいで母さんの預言がずれるとも言われた。それに内容といっても、すべては状況を見た僕の推測にすぎない。今はその時に備えて、食べて、眠って、蓄えるべきだ。そしてきみは、つねに備えてきた人だ。そうだろ? 」


 サリヴァンは大きく息を吸って、吐いた。肺に満たされたのは、故郷から遠く離れた土地の空気だった。

「そうだな」



読了ありがとうございます。

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