三十八話
ミケは建物に落ちる影の中を跳ぶ。形をなくし、影に溶け、闇から闇へと。
「ミケ、ミケ! ちょっと止まって! 」
ダイアナが誰もいない廊下で、慌てた声で引き留めた。
「ダイアナ! でも」
「ここにいても、主のようすは分かるはず。今行ったところで逃げることはできません。わかるわよね」
ダイアナは隠形を解き、いつもの老女の姿を取った。それにならって、ミケも三つ編みを垂らした少女の姿となる。
「はい……すみません」
「いいの。あなたはまだ十四歳よ。それよりもね」
ダイアナはミケの手を取った。震える手をさするように両手で包み、うつむくつむじに言う。
「コネリウスさまの語り部のルナを知っていますね? 彼女は、遭難されたコネリウスさまに水を運んで命を繋ぎ、その行いで誓約に触れて消えました。でもね、ミケ。ルナは誓約に触れても六日は生きたのよ。コネリウス様に救助が来るまで持ちこたえたの」
ミケが顔を上げた。握っていた手を頬にそえて包み、ダイアナは言い聞かせる。
「あなたは陛下からお言葉を賜った。だからもっともつはずよ。じっくりと考える時間はある。皇子たちを逃がしても十分な時間が、あなたにはまだ残っているの。残っているのよ」
ミケの瞼の端から、ついに涙がこぼれた。親指でそれをぬぐってやり、ダイアナはミケを抱きしめる。
「このダイアナはミケを誇りに思うわ。マリアやダッチェスが何といってもね。わたしはルナとともにジーン様とコネリウス様にお仕えした日々を忘れたことなんてないの。わたしももし、ジーン様がコネリウス様と同じことになられていたら……何度もそう考えたものよ」
「わたし……どうして、どうしてアルヴィン様がって、ずっと思って、がまんができなくて」
「同じことをしたルナは二百歳を超えていたけれど、ミケはたった十四歳じゃないの。大丈夫。アルヴィン様も認めてくださる。あの方もまた気高い方だもの。あれだけの啖呵を切るのは、怖かったでしょう。主に会う前に流しきって、さっぱりしていきましょうね」
「どうして、どうして、」
やがて言葉も無くして泣きわめくミケの頭を、ダイアナはしばらく抱えていた。
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