三十六話
そして気が付けば、兄弟五人、地下室らしき窓の無い部屋に押し込められていた。
緑色のローブで身形を隠した、不気味なものどもによって。
最初に見張りと交渉しようとしたのは、長兄のグウィンであった。
次兄のケヴィン、その下のヒューゴ兄も、死刑囚が順番に椅子に座るように、ベッドとテーブルだけのこの窓のない部屋からいなくなった。残ったのは長女のヴェロニカ、末のアルヴィンの二人きりだ。
今年三十二歳になる姉は、長く兄弟の母親代わりを務めたためか、本質は男勝りで気が強い。そんな彼女が泣き腫らす様を見たのは、父の後妻であるアルヴィンの母が死んだその日、一度きりだった。小さな子供のように身体を丸めて、十六も年の離れた弟の背中に張り付いて眠る姉を、さてどうしようかと壁に向かってアルヴィンは考える。
生まれた順番でいくなら、姉は次兄の前に連れて行かれているはずであった。姉と抱き合って怯えた数日前が嘘のようだ。『おそらく明日は自分だろう』と思い当たると、不思議と頭がすっきりと凪いで落ち着いている。『怒りと悲しみほど消耗するものはない』と、以前読んだ本で主人公が言っていたが、なるほどその通り。並みの男よりタフな姉がこんな様子なのだから、自分は疲れ切ってしまったのだと思う。
助けが来るなどという期待は、もう捨てていた。そもそも、皇太子を含めた王族が、こうして王城の地下に監禁されているのだ。こうも易々と国の中心が押さえられていて、誰が助けに来られるというのだろう。そもそも、皇太子である長兄がいなくなってしまえば、それだけでアルヴィンにとっては最悪に思える。
アルヴィンの目にも、『王』となるべき人は長兄だけに見えた。
長女ヴェロニカは王にするには優し過ぎ、次兄ケヴィンは体が弱く、三兄ヒューゴは健康だが、敵を作りすぎる気質である。何より、一つの場所に留めることはできない男だ。
――――こういうとき、ジーンとコネリウスならどうするのかな。
何度も読んだ伝記小説を思い出し、アルヴィンは深く息をつく。
「……ミケ。ミケ、いるか、ミケ」
壁紙の白い花に向かって小さく呟く。見慣れた姿が顔を出す様子はない。
「やっぱり駄目、か……」
ジーンとコネリウス。先代皇帝であるジーン・アトラスと、その双子の弟コネリウスの青年期を描いた伝記小説だ。国を飛び出し、各国を旅してまわったという二卵性双生児の見聞録は、近代の王族伝記の中で飛びぬけた人気を誇る。大人たちの子供時代にいた人で、容姿端麗だったと知られていれば、少年も少女も夢中になるヒーローになった。
その英雄ジーンはアルヴィンと同じ『王族の先祖返り』で、小さな体と短い寿命を持っていた。
祖父である皇帝にその才気を見込まれて、十二で手元に置かれたというジーンと、期待されていた留学を半年で切り上げて出戻った自分を比べ、アルヴィンは暗鬱とした気持ちになった。
「帰国してからアルヴィン殿下は暗くなった」と、言われていたことは知っていた。まだ、あのとき折った肩が疼くような気がするし、夜じゅう自己嫌悪で壁に唸る日もあれば、大きな声はもちろん、あたりに響くような笑い声ですら嫌な記憶が蘇って息が詰まる。
帰国してもうすぐ一年となろうとしているのに、自室と母の応接室、図書室を往復する日々。
帰国してすぐ、自分をちらりと見下ろした父の視線が忘れられない。去っていく背中。なんの興味もない視線。いや、あれは侮蔑だったのかもしれない。
アルヴィンはたしかに、溺れるほど愛されて育った。……父以外には。
奇しくもこうなってしまってから、アルヴィンが怯えるものはすべて遠ざけられた状況になっていたことで、アルヴィンの頭は冷えていた。
「……ミケ。おまえがいないと、静かだよ」
兄姉と語り部たちの笑い声。それだけは、アルヴィンの傷を刺激しない。あの団欒を取り戻すためなら、なんでもできる気がした。
「おまえは今どこにいるんだろうなぁ」
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