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【完結】星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
後編 灼銅の魔人

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三十五話


 フェルヴィン皇国。

 多重海層世界第二十海層。国土面積約900㎢。平均気温二十四度。首都はミルグース。総人口は十九万人ほど。


 小ぶりな海に囲まれた、弓なりに細長い島国で、ゲルヴァン火山から為るフェルヴィン山脈が形成する起伏の激しい土地である。いくつか希少な金属が出るために、海外には鉱山と鍛冶細工の国として知られる。


 気候は慣れれば過ごしやすいと云われる。四季の移り変わりは激しくない。

 小さくてぬるい海に浮かぶこの国を吹く海風が、山脈にぶつかることで成る気流により、分厚い雲が常にかかっている。そのせいで日照時間が極端に短く、陽が出ても黄昏時を思わせる陽光が斜めに差し込むだけ。


 『魔法使いの国』以上に閉鎖されたこの国は、隣国にあるかの国に倣うかたちで留学制度を採り入れ、もともと優れた職人が多いこともあって、ゆるやかに、しかし確実に、近代化が進んでいる。薄暗い国だけれど、その国民性は穏やかで素朴。温泉と読書の時間を何より好み、空想好きで、試行錯誤を苦にしない。


 フェルヴィン人は、樹木のように背が高く、蝋のように白い肌と、故郷の黄昏の空を映しとった髪と瞳、何より特徴的な長い耳を持つ。神話では、神々が天上へ鍵をかけたあと、魔女と共に安息の地を捜し歩いた罪人や、流民たちが興した国とされる。実際近代の研究でも、フェルヴィン人の先祖は様々な人種が入り乱れたものだと証明がされたそうだ。

 神秘と秘密に彩られたフェルヴィンは、御伽噺の妖精になぞらえて『土のエルフ』とも、その鍛冶の腕と穴倉のような住処を指して『ビッグ・ドワーフ』とも称される。


 現皇帝の名はレイバーン・アトラス。背が高くしっかりとした体躯は、空を穿つ槍のごとき杉の木を思わせる偉丈夫である。

 昨年七十を数えた皇帝には、五人の若く健康な皇子と皇女がいた。



 長兄のグウィンが連れて行かれて、もう二日は経っただろうか。

 アルヴィン・アトラスは、もうすっかり慣れてしまった寝台で、壁に向かって横たわりながら考えた。


 ここはおそらく地下だろうと、アルヴィンは思う。

 フェルヴィンの首都、ミルグースの今ごろの季節なら、シャツ一枚で昼夜を過ごせるはずなのに、気温はやけに肌寒い。部屋には窓が無く、呼吸音すら響く静寂にだいぶ慣れてしまった。

 ここに監禁されてから、三日、もしかしたら四日ほども経っている。


 その日の昼下がり。アルヴィンと姉ヴェロニカは、王城にいくつもある応接室のうちの一つで、三男のヒューゴ帰国の知らせを今か今かと待っていた。


 その応接室は、今は亡きアルヴィンの母がお気に入りの調度品を集めた一室で、五人の兄弟の団欒の場所であった。アルヴィンと上の兄弟たちは、いちばん歳が近いヒューゴでも十四歳も年が離れている。兄も姉も末っ子にはめっぽう甘く、しかしアルヴィンは捻くれたところの無い素直な少年へと成長した。そんなアルヴィンも十四歳。兄姉たちは、国で父王の秘書をしている次兄ケヴィンを除き、全員国外を飛び回っている。


 それというのも、兄弟全員が『皇子』『皇女』とは別に、副業を持っているためだった。


 長男グウィンは、二十四歳まで軍人であった。一念発起して退役し、ずいぶん遠い国の有名大学へ留学して、言語学と歴史学の学位を取って帰って来た。ここ数年は、皇太子としての執務で忙しくしているが、持ち歩く鞄にはいつも紙の束がずっしり入っていることをアルヴィンは知っている。


 長女ヴェロニカは、地質学者である。とある高名な地質学者に気に入られ、十九歳のときに二十ヶ月のフィールドワークに同行し、そのまま弟子入り。他の兄弟に比べれば故郷で机仕事をしていることが多い彼女だが、ひとたび呼ばれれば外交も兼ねての旅で数か月単位で帰ってこないということもざらにある。


 さらに次男ケヴィンは数学と統計学、三男のヒューゴは美術大学。


 フェルヴィンの皇子たちは、それぞれ違う形の才能を抱えた若者たちであるのだ。


 皇帝レイバーンは、我が子たちの教育には惜しまない男だった。近年まで鎖国体制を敷いていたフェルヴィンは、今、急速に近代化している最中である。


 家族が全員、まともに集まるのは、まる四年ぶりだった。

 長兄であり皇太子のグウィンは、今回婚約者をともなって帰国した。今回皇帝一家が全員そろったのは、この兄の婚約を公的に知らせるためだ。次期皇太子のグウィンは、国で父王の秘書と皇子を兼任する次男のケヴィンと職務的にもプライベートでも積もる話があるようで、帰国そうそう休む間もなく視察にあいさつ回りにと忙しく飛び回っていた。


 これで兄弟は四人まで揃ったわけだが、残った三男ヒューゴは、兄弟一活動的な男だった。

 一日刻みで海を越えることも珍しくないが、かといって仕事人間というわけでもなく、やれ知人のパーティーだ、友人の出る舞台が、と言って海から海へと飛び回り、分刻みで遊びと仕事を両立させている華やかな文化人である。その外交の腕はすでに国の柱といってよい。


 茶を飲みながら、アルヴィンとヴェロニカは思い思いに暇をつぶしていた。

 アルヴィンの母は、リリオペの花を好んだ。この、紫色をした房状の小花を咲かせる一見地味な野草は、多湿で日が差さないフェルヴィンでは、珍しくそれなりに育つ植物である。母はその柄をした布をわざわざ探し、自分でクロスを縫うくらいには好きだった。どこから探してくるのか、王妃のために茶器やらランプやらが集まり、応接室を飾ることができるようになるまでになったのだ。


 そんな大切な一室に向かって慌ただしい足音が廊下からしたとき、アルヴィンは「ヒューゴ兄が帰って来たんだ」と思った。視線を向けた扉が、けたたましく蹴破られたその瞬間、アルヴィンは予想が裏切られたことを知ったのだ。


 男の怒号(今思えばそれは、他でもない兄ヒューゴのものだったのかもしれない)と暴力の気配に、アルヴィンの意識はあっというまに遠くなった。


(……ああ、最悪の後遺症だ)



読了ありがとうございます。

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