二十七話
グウィンの語り部は、大柄な老爺の姿をしている。
総髪と髭と皺に覆われた四角い顔の中に、猛禽を思わせる金の瞳が鋭く輝き、かっちりと黒い詰襟を締めた、寡黙で穏やかなベルリオズ翁は、今となっては、もう一人の父のような存在だった。
グウィンには、そんな語り部の存在を疎ましく思っていた頃があった。
先に産まれたということは、それだけで責任がともなう。妹とたった十五ヶ月しか違わなくても、グウィンは皇太子であり、長男であった。
そんなことを理不尽だと拗ねていた頃があり、貫禄のあるベルリオズの存在は、何もかもが足らない自分の劣等感を刺激する鬱陶しい存在だった。
昔の話だ。
皇帝となる覚悟ができたのはいつのことだろうと、三十四歳のグウィンは思う。
少なくとも、二十になったころまではまだ出来ていなかった。軍へ進んだのは、それが健康な皇太子として妥当な進路であったからだ。
期となったのは、おそらく二番目の母――――アルヴィンの生母が亡くなったとき。
打ちのめされる家族と過ごした一夜。父や弟妹を守るためには、自分が父の跡を継ぎ、その志のまま国を治めることが最善手だと、冬の夜空に消えていく煙草の煙を見ながら漠然と思った。
その瞬間、かちりと胸の内で確かに音がした。それは、運命というものが奏でる音だったのかもしれないし、グウィン自身の持つ迷いが溶けた感覚だったのかもしれない。
あの日、何かの歯車がはまったのだろうことは確かだ。
除隊し、留学したのは、未来の自分の迷いの種を一つでも消すためだった。
体を動かすことと同じほど、本を読むことも好きだったから。許してくれた父たちと妹には、生涯頭が上がらない。その先で未来の妻と出会ったのも、きっと何かの導きだったのだ。
グウィンは運命論者ではないが、彼女との出会いだけは、そう思わざるを得ない。
今ごろモニカはどうしているだろう。怖い思いをさせたことだろう。いまも彼女は、石になって西の船着き場にいるとサリヴァンは教えてくれた。眠りにつくように、安穏とした夢の中にいてほしい。
彼女なら、いずれ普通の男と結婚する道もあったろうし、その生活は皇后の生活よりもずっと自由で彼女らしい人生になったかもしれない。しかし彼女は自分を選び、自分も彼女を手放さなかった。これからも手放すつもりはない。きっと苦労をかけると思う。障害は多いだろう。不安はあるが、戦いはまだ始まってもいない。そう、恐ろしいことに、まだなのだ。
グウィンが守るべきものは、まだこの国にたくさん残っている。
(まずは生きること)
(次に、命の使い道を知ること)
(覚悟という言葉に囚われないこと)
(やるべきことに覚悟は要らない)
(王らしく胸を張ること)
(……常に、忘れないこと)
今からグウィンは父から皇帝の冠を奪うために儀式をする。
今日、グウィンは、亡霊となった父へ刃を向ける。
『かちり』
運命が噛み合う音がする。
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