二十一話
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(はじめて知ったな。ボクって、夢を見られる機能があったんだ)
ジジは、サリヴァンの影の中で目を開いた。
砂ぼこりで埃っぽくなった床だ。例の青い霧はなく、不思議なことに、なんのほころびも無い石組みの天井が頭上を覆っている。闇の中を落ち、サリヴァンを受け止めたところまで覚えていた。このようすからすると、着地は成功したらしい。
魔人であるジジが気を失っていたのは、この場所にある何らかのものが影響しているのだろうか。
たった二年前のことを懐かしいと感じていることに、ジジは笑った。この二年が、それだけ充実していたということだからだ。
サリヴァンと初めて会ったのは、ジジがつまらない詐欺で小金を稼いでいたころのことだ。そのころのジジは道楽として、小さな悪事を重ねながら、国から国を点々としていた。
その旅の中で、ジジが魔人だと見破った者はそういない。そのひとりが、いまより少し幼いサリヴァンだった。
最初の印象は、都会育ちの孤児。運よく人のいい職人のもとに引き取られて、善良に傾いた心を持つ子供。そんなやつがジジの正体に、大人より先に気が付いた。
生意気な、と思った。意趣返しのつもりで牢屋に入るよう仕向けてみて、しかし少年はまったく『響いて』いなかった。
こいつは意外に図太いぞ、と気づいたときにはもうだめだった。
結果として、なぜかジジはここにいる。
サリヴァンを主人としたときから、その短い生のあいだだけは、自分の目的は忘れることにしていた。だというのに、何百年、何千年と求めていた答えの近くに導かれている。
(これが運命ってやつかよ! )
皇子の安否など、ジジにはどうでもよかった。笑いだしそうなほど、この冒険をただ楽しんでいた。
「サリー。そろそろ目を覚ましなよ」
うめきながら、サリヴァンが起き上がる。
「……ここは? 」
「地下だ。そうとしか分からない。ざっと探ってみたかんじ、かなり広い地下室だと思うよ」
「そりゃもう『室』ではないな。……さて」
サリヴァンは気を取り直すように、ほつれた髪を縛りなおした。
「人の気配はあるのか」
「あるとしたらこの先にある大きな空間だ」
「よし、行こう」
サリヴァンは先ほどまで意識が無かったとは思えない足取りで、さっさと歩き出した。
窓はもちろんのこと、扉も何もない回廊が続いていた。ひどく長く、まっすぐに通っている。
あまりにまっすぐな道なものだから、いくら歩いても出発点だった場所までが見通せた。
「これで突き当りが行き止まりだったらどうする? 」
「広い空間があるんだろ? 」
「うん。でもそこも先がなかったら? 」
「戻るしかないな」
突き当りは袋小路ではなく、直角に曲がった廊下だった。曲がってすぐに、両開きの二枚扉がある。ドアノブをひねり、暗闇を灯りで照らすと、見渡すかぎり本棚が見えた。
「本棚の森だ」
ジジが興味深げに覗き込む。「すごく古い本ばっかりだよ、これ」
「『本の墓場』ってやつかもな。どうやっているのか知らないが、最下層には世界中の物語が集められた図書館があるって聞いたことがある」
「そのとおりです」
サリヴァンはぱっと飛びのいた。
肩が触れるほどかたわらに、七歳ほどの少女が立っていたからだ。
大きな金の瞳を、鬱蒼とした睫毛が縁どっている。よく整えられた長い巻き毛をふたつに分けて結び、ふわふわと大きく広がった黒いドレスを着ていた。
少女は優雅なしぐさでスカートをつまみ、おじぎをした。
「わたしはダッチェス。レイバーン・アトラスの語り部のダッチェス。ようこそ、本の墓場へ。ここはあらゆる物語の終着点。そしてわたしたち語り部の秘密の仕事場なの」
少女は大人びた勝気な笑顔で、歓迎の言葉を口にした。
「あなたたちのことを待っていたわ」
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